たどたどしい指

 ぎこちなく触れてくる指が、たまらなかった。
 ひたり、押し当てられるつめたい指。細くて、色素が薄くて、やわらかい指先。

 華奢な骨格も肉付きも、オトコとは全く別物。大きさも形も、感触も動きも、どこもかしこも自分のモンとはまるで違う彼女の部位。だから、どこにだって触れたいと思う、触れられたいと思う。触れ合うことで、自分と彼女の違いを確かめたい。
 もしかしたら、彼女もそんな気持ちなんだろうか。
 交わりのたびに、どこかひとつところを決めて、そこばかりを、探るようになめるように、じっくりと触りたがる。それが彼女の、奇妙な癖。

「銀さん、いい?」
「ああ。今日はどこにすんだ」

 二の腕。こたえ終える前に、もう指先は近づいている。
 真剣で、余裕のない表情は、なんど見せられても美しい。まるで、壊れる寸前の硝子細工。じっと寝転んで触れられるのを待っているのは俺なのに、自分のほうが彼女に危害を加える準備中のような気がしてくる。

「いつでもどーぞ」

 初めてでもないのに。
 なにかを確かめるように、つめたい指先が、まずは、そっと二の腕の外側に触れる。盲目の少女が、形を確かめるのに似た触れかた。
 全体をゆっくりゆっくり時間をかけて把握したあとに、浮き出た血管だとか、残る傷痕、筋肉のライン、内側の薄い部分、皮膚の凹凸をひとつひとつ辿る。彼女の気がすむまでゆっくり。
 五分で終わることもあれば、数十分に及ぶこともある。その間中、俺は、ひたすらじっとしていることしか許されない。

 前に一度、どうしても我慢できず、手首ごと掴んで動きを止めたことがあった。

「集中できないからやめて。お願い」

 そう言って俺を見る目は悲しげで。それはもう、悲しそうに歪んでいて。たとえば一瞬先にこの世が終わると知った人間だって、それほど切ない表情はしないだろう。あんなに悲しい顔は、二度と見たくないから。だから、俺はじっと耐え続ける。

 愛撫、ではなくて、儀式のようなもの。なんど言い聞かせても、素直な身体は勝手に反応するのだけれど、それでも歯噛みして堪える。
 彼女が触れはじめてすぐに、肌が毛羽立つ。触れられているところだけではなく、全身くまなく、だ。
 触れている彼女には、すべてばれているはず。ぷつぷつと浮かぶ鳥肌のひとつひとつを撫でるように、そっと皮膚をすべる指。

 すこしずつ研ぎ澄まされる感覚。内側で巡る血は、じわじわと温度をあげる。
 そんな状態で、じっと動かずに声を殺すなんてのは、なにかの拷問じゃないかと思うのに、触れたい欲を必死でぎりぎりと抑えつける。抑えつけて、彼女の指や掌が少しずつ温度をあげて行く過程を感じる。彼女の今をひとつも漏らさぬよう、神経を尖らせる。
 怖ず怖ずと肌を這う指先は、自分たちが愛し合う生き物だということを知っているように、いつもやさしく、ふるえているから。

 すっかり慣れ切った玄人女の巧みな愛撫よりも、その拙さにグッとくるのは、行為の背景に愛があるかないかの違い、だろうか。そう思えば、なおさら、ぎこちなさが愛おしい。

 散々ふれて、ふれまわして、指先と掌でその部位を堪能したあとは、唇と舌の出番だ。
 たどたどしい唇の軌跡は、ざわつく知覚を絡めとる。ぬれた舌は、身体の芯から欲を引きずり出す。熱のこもる視線に、心はすっかり溶けている。

 勘弁してくれよと思っていたのは、最初のうちだけだった。いまでは、五感をフル稼動して俺を、俺の存在を感じようとするその行為が、愛おしい。
 肌の表面だけではなく、その内側にある隠れた俺を確かめるような行為は、幸せそのものだ、とすら思うのだ。

 やわらかい唇の感触を味わってのち、ちくり、鈍い痛みと赤い痣を残して、その儀式は終わりを告げる。
 必ず、そろそろ俺の我慢が限界に近づいたころ、ぎりぎりのところでやっと解放される。彼女はそれくらい、俺の内側を敏感に感じ取っている、ということ。

「今度は俺の番な」

 先走る衝動は、いつも言葉を置き去りにする。愛おしい。こんなに誰かを、なにかを、愛おしいと思ったことはなかった。余さず伝えたいのに、それには言葉がぜんぜん足りない。
 目を見れば、見つめ返される。名を呼べば、やわらかく潤んだ声が俺を呼ぶ。視線に、声に、胸が焦げそう。気が狂いそうなほど愛しい、というのは、きっとこういうこと。

 前髪をそっと掻きあげる。白く秀でた額に、キスをひとつ。
 ありったけの想いをこめて慈しみたい。長く、与えられた以上の幸せを、伝えたい。頭の煮えそうな、俺の内にあるものを、すべて。
 彼女と同じように、たっぷり時間をかけて、その存在を身体に染み込ませたい。確かに、そう願うのに、額からくちびるをはなす頃には、とっくにそんな余裕はなくなっている。

「銀時?」
「わり」

 触れられて、触れられつづけて、研ぎ澄まされた触覚。
 触れたくて、触れたくて、焦がれすぎた指先は、たった一瞬彼女の肌をかすめただけで、ずんと重い衝撃を還す。唇は、彼女をすべて貪り尽くしたいとふるえる。

 二の腕。
 たかが、二の腕に触れられただけのこと。性感帯でもなんでもない、上肢の一部位。そこに、たどたどしいやり方で、そっと触れられたにすぎないのに。
 まだ触れられてもいない部分のほうがずっと多いのに。
 どこもかしこも、ずくずくと疼いている。掌が、胸が、身体のど真ん中が、熱くて。熱くて、あつくて堪らない。頭も身体も、すっかりのぼせ切っている。

「……ん」
「また、無理みてえ」

 愛おしさの波。押し寄せる、飲み込まれる。彼女のなかへ。
 欲望を示すだけの、単純な言葉しか浮かばない。それ以外は、どこかへ追いやられ、消える。
 あつい、欲しい、食い尽くしたい。その目も、くちびるも。
 喰らい尽くされたい、彼女に。
 心ごと、俺をぜんぶ。

「いいよ。銀さん」

 かつて誰かに、こんなにも愛されたことがあっただろうか。愛しい。かわいい。ほしい、全部。
 開いたちいさな胸に飛び込んで、押し寄せる波に溺れて。

 そして今夜もまた、ただの餓鬼みたいに。身体を繋げ、無心で暴れつづける。
 想いの迸るまま、めちゃくちゃに抱くことしかできないのだ。







 交わりのたびに、どこかひとつところを決めて、そこばかりを、じっくりと触りたがる。それが彼女の、奇妙な癖。
 今夜もまた、愛おしいその儀式はくり返される。

「銀さん、いい?」
「ああ。今日はどこにすんだ」

 こたえ終える前に、もう指先は近づいている。

 って、そこ?いやいやいや、さすがにそこはまずいでしょ。絶対まずい、いつもみたいにされたら、銀さん死んじゃうよ。
 真剣で、余裕のない表情は、なんど見せられても美しい。とは思うけど。そこはアレだから。身体中のあらゆる性感帯の集中する、言わばレッドゾーンだから。超一級特殊司令塔だから。
 アレだけにタワーってか、上手いな俺。とか言ってる場合じゃなくて。

「待て待て待て、そこは無理」
「なんで?」

 天使みたいな無垢な表情で、じりじりとお前は手を伸ばす。
 なんで、って。当然じゃねえかコノヤロー。銀さんを殺す気ですか。つうかもう、触れられそうってだけで、あのたどたどしい指の感触を頭が勝手に再現して、死にそうなんですけど。

「どうしても、無理。絶対、無理。ムリムリムリ、マジで無理」

 お願いだから、それは、それだけは勘弁してください。本気でヤバイから。すっかり抜け殻になって、あっちの世界から戻ってこれなくなっちまうから。銀さんは自分を知ってるオトコだから。それだけは自信あるから。



たどたどしい
それより。たまには先攻と後攻、入れ代わってみねぇ?
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