変則的マッチポンプ

 万事屋の一室。見慣れない白衣を着て眼鏡をかけた銀時と、向かい合う彼女。今日の二人は医者とクランケである。銀時にしてみれば、コスプレでお医者さんごっこ的なよこしまな気持ちで軽くもちかけたお遊び。のつもりだった。

「はい、どうしましたー?」
「先生。私…なぜか、テレビをみている人をみていると無性に苛々するのです。1時間かそこらならぎりぎり我慢できるんですが、それをこえたら脳内に何か不快感しかもたらさない物質みたいなものがじんわり分泌されはじめて、胸がもやもやして苛立ちが無理矢理引きずりだされるような変な感覚に襲われたすえにそれを無視して堪えていると頭が痛くていたくてどうしようもなくなるのです。ついでにおそろしく暴力的な気分になっていっそテレビの画面をすぐさま叩き割るかコンセントを根本からばっさりぷっつり切断してしまいたい衝動が沸き上がります。それができないならせめてにやにやとやに下がった表情で画面に釘付けになっている恋人の頭を後ろから思い切りひっぱたいてやりたくなるのです。本当は包丁でもチェーンソーでも持ち出して猟奇的シーンを作り出してしまいたいくらい苛々するのだけれど、それでは流石に後の掃除が大変だし、苛々させられた上にそんな風に手を煩わされるのはまっぴらごめんなのでひとまずジャンプの角で思い切り殴ることで気持ちをおさえつけています、泡でも吹いてしばらく前後不覚状態に陥ってくれれば少しはスッとするんだけど、って」
「ちょ、ちょっと待ってストップ」

 診察室に見立てた部屋へ入ってくるなり一気に喋りはじめた彼女の独り語りがなかなか終わりそうにないので銀時はつい言葉を挟んだ。

「いやいやいやいや君それなんなの」
「え」

 え、じゃないし。
 ぶるぶる震えそうな指で銀時は眼鏡をそっと押し上げる。白衣のポケットに突っ込んだままの左手がかすかに汗ばんでいる。

「ツッコミ所多すぎなんですけどー」
「どこですか」
「どこもかしこもだけど、強いて言うなら猟奇的シーン云々のあたり」

 猟奇的シーンを作り出すのを思い止まるのはいいよ、いいけどその理由が怖いから!後片付けが大変だから止めるってリアルすぎるから!違うでしょう、もっと人道的な理由で思い止まってるんだよね?ホントは常識がセーブかけてるんだよね?そうだと言って。

「だって、本当にやってしまったら内臓とか血液とか体液がそこらじゅうに飛び散り放題になるんですよ。余程のバカじゃなければ、止めておこうと思うじゃないですか」
「う…うん。そだ、ね」

 あ、はは…は…。と渇いた笑いをこぼしながら頷けば、「どこまで喋ったのか分からなくなったじゃないですか銀時先生のせいで」って彼女が真顔で言う。
 先生って呼んでくれるのは一応彼女もお遊びのつもりで話してるってことだよね?そうだよね?というか銀さん一応内科医のつもりだったんだけど、なんかこれ精神科医とか心療内科のカウンセラーみたいな感じになってるよね。なんで?と思いながら震えるくちびるを開いた。

「確か、ジャンプがどうとか言ってたけど…」
「ああ、そうだ。ジャンプ。週刊少年ジャンプってくだらないC級雑誌、先生はご存知ありません?友情、努力、勝利が三本柱だとかいう青臭い子供向けの週刊誌ですよ。いい歳した大人のくせにあの人いつまでも思春期の少年気取りでそんなものに夢中なんです」

 知ってます。知ってますよー。だって俺は子供の心を忘れない大人だからね。ジャンプに夢中だから。

「ついこの前も買いに行けと命じられたから寒いなかしぶしぶコンビニに向かったら買ってきたそれを見てジャンプSQは週刊少年ジャンプとは別もんだバカ!とかなんとか腹の立つことを言われたもので思わずその角で思い切り殴ってやりましたよ。え?ええ殴ったのはジャンプSQの角ですね、週刊のやつよりちょっと分厚くて硬いのがうってつけでした。あれもきっと神様の見えない力が働いていたのではないかと思うのです」

 こ、わ、い!この子こわい!銀さんあのあと頭のたんこぶ一週間は消えなかったからね。全治一週間の傷害罪だよ、分かってる?

「それで、週刊少年ジャンプとジャンプSQに関する私のケアレスミスについてなのですが、あれはそもそも私に非があるのだろうかと一昼夜考えてみました」

 そんなこと考えなくていいからもっと銀さんの心配して。

「でも、どうにも自分の外側に理由があるように思えて仕方がないのです。だいたい世の中にジャンプと名のつく雑誌が多すぎるのが根源的問題だと思われませんか。週刊とか月刊とか赤丸とかSQとかNEXTとかヤングとかミラクルとかVジャンプ、果ては最強ジャンプなどという代物まで発売される始末。あいつらはきっと私のことを陥れようとそっくりな風貌にそっくりな名前で雁首揃えてコンビニに並んでやがるに決まっているのです」

 いやいや集●社さん、そんなことのために必死で働いてるんじゃないからね。お前を陥れる、って彼らに何のメリットがあるの。お前どんな世界的大人物なの。

「それで、そのジャンプ云々で毎週彼を殴ってはみるのですが、結局それくらいではスッキリできないし恋人はちっとも懲りてくれないので私は毎日テレビに心を乱されるうえに毎週ジャンプに悩まされるというせつない日々を送ることになっている訳なのですが。先生これって病気でしょうか。私はどこかおかしいのですか。とりあえず、頭が痛いのだけでもなんとかしてくださいお願いします」

 かわいらしく首を傾げて問われた瞬間、「ごめんなさい」と叫んで細い肩を抱きしめた。

「どうしました先生」
「お医者さんごっことかよこしまなこと考えててごめんなさい」
「半分冗談だけどね」

 そう言って彼女は笑うけど、半分は本気ってことだよねそれ。ぜんぜん笑えないよね。

「精神的苦痛の対価は身体できっちり払うので許して下さい」
「それ、銀さんしか得してないし」
「試してみなくちゃわかんねえだろ」
「わかる!わ、ばか!やめ、」


変則的マッチポンプ
こういう場合の「やめて」は反意語だと相場が決まっているのです。

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2012.02.10
マッチポンプ〔補説〕和製語。自分でマッチを擦って火をつけておいて消火ポンプで消す意。自分で起こしたもめごとを鎮めてやると関係者にもちかけて、金品を脅し取ったり利益を得たりすること。一人二役。
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