丁重にお断りします
目を閉じても耳を塞いでも、同じものが見えて同じものが聞こえる。睡眠不足の頭がひどい痛みを訴えていた。
「しつこい男は嫌われるって諺アナタ知らないんですか?」
そう言って頬を打ち立ち去った彼女の顔、声。何度同じシーンを繰り返せば俺のバカな脳は満足するんだろう。
未練がましくて粘着質で最悪な男以外の何者でもないよなァ、俺。と思いながらまた此処に来てしまうのは、俺が根っからのストーカー体質だからだろうか。
いやいやいやいや、張り込みが続いたせいで思考回路がすこしイカれてきたらしい。だって俺がここに来ているのは彼女のストーキングのためじゃなくて、あくまでも職務の一貫なのだから。彼女は僕の愛のターゲットではなくて、ある事件の重要関係者という意味でのターゲットだ。
きっとストーカーゴリラの放出する悪性で恐ろしく性質の悪い胞子的なものに感染して頭の中が徐々におかしくなっているにちがいない。
「くそ……あのゴリラ野郎。手酷い失恋した上にあんパン喉に詰まらせて窒息死してしまえ」
うっかり漏れた独り言に山崎は慌てて口を覆った。
彼女にはいつも向かいの家の窓を細く開けて、のぞき見をしている気持ち悪い男という哀しいレッテルを貼られてしまったけれど、俺の本来の仕事は監察だ。
監察が隠れて観察をしてなにが悪い!とは大きな声で言えないのが辛いところ。そんな悲哀を背負って今日も俺はあんパンと牛乳を手に此処に立て篭もる。
それにしても人間の心理ってのは不思議なモンだよな。いつもいつも観察していたら勝手に情が沸くのか、彼女にまるで恋をしている錯覚に陥っている。だから「しつこい男は嫌われる」って言葉で予想以上に打ちのめされているのだ。もうあんパンの味がわからない。
――ピンポーン
不意に鳴ったインターフォンにびくり、山崎は肩を揺らした。真選組の誰かが陣中見舞いだろうか。
「どちらさまですか?」
「………あの、私です」
私――?隊士に女性などいた記憶はないが、その声には確かに聞き覚えがある。悪意のない気配にそっと扉を開けば、俯いた彼女が立っていた。
「……っ!?」
「先日は失礼を致しました。酷いことを言って」
聞けばお節介な近藤さんに俺が何故ここに立て篭もっているのかを説明して貰ったらしい。案外局長いいトコあるじゃないですか、見直しました…一生ついて行きます(彼女がストーカー被害の届け出に向かった警察で、という経緯は不愉快なので割愛する。だって俺ストーカーじゃないし誤解だし)。
「せめてものお詫びにコレ」
「なに?」
「バレンタインのチョコを……と思ったけど、あんパンが大好物だと局長さんにお聞きしたのであんパンを」
「………」
やっぱり前言撤回。ゴリラ殺す――
丁重にお断りします君の口に全部突っ込んであげようか。