バレンタイン撲滅宣言
「"バレンタイン・デーを祝う者は反革命の危険分子である。即刻弾圧せよ!"と社会主義者たちは毎年声高に叫んでいるではないか!」
「何熱くなってんすか、東城さん。シャレですよシャレ」
貰ったチョコレートの数を競おうなどというバカげた競争原理を柳生家へ持ち込んだのは、顔面の腐ったこの男の仕業だ。ちょっとばかり巷でモテているからといって、全身男性器のくせに調子に乗りおって本当に腹の立つ。
「まあ、遊びだと思えばいいんじゃないですか」
それを否定するでもなくさらりと受け入れている北大路は、ひそかに屋敷の女中たちから人気があることを自分でも知っているらしい。眼鏡男子萌えなんてこの世からなくなれば良いのに。お前なんて、バレンタインの前にケチャップの海で溺れて死んでしまえ。
こうなれば自分の味方は西野だけかと東城が視線を向ければ、コワモテの笑顔が待っていた。
「義理も本命も関係なく、数を競うだけならかまわない」
実は屈強なガタイに似合わずお子様ランチが好物などというキモカワイイ路線を狙っているのか、隠れたダークホースとも噂されるヤツの事を私は甘く見過ぎたのかもしれない。
「本気なのか?お前たち」
「もちろん」
「はい」
「まあ」
「かの日に命を落とした平将門が "わしが死んだ日に男女でチョコ渡しあうだと!?ヌカしてんじゃねぇぞ!" と草葉の陰で叫ぶ声は聞こえぬのか!?」
「東城さんは嫌なんすか。あ…戦う前から負けを認めるっつうことですね」
白々しく南戸にそう言われれば、断る術を失う。売られた喧嘩を買わぬなど、武士の風上にも置けぬという武士道精神をこんな所にまで発揮しなくてもよかろうに。
どのみち、毎年私の最下位は決まっているのだ。あちこちに普段から金と愛想をばらまきまくっている南戸が当然一番で、その次が一見クールな仮面を被るのに成功している北大路、そして義理チョコを意外に沢山もらうらしい西野がそれに続く。
今年こそはこの無用な争いを避けるために色々な説を引っ張り出そうと思っていたのに、ほとんどそれらを発揮しないまま。例年通りの酔狂な競争が開催されることになり、バレンタイン当日を迎えた。
「結局、今年も私の負けなのか…」
いつもより僅かにざわついている邸内で、私の周りだけはひっそりとしている。
お前たちはただ踊らされているだけなのだ、莫迦者どもめ。欧米で物品を男女相互間で交換し合う習慣があることを知った日本の百貨店と製菓会社が提携しチョコレートの販売を行う事から定着した、(特に食品関係の)資本主義社会の中では、企業にとって まさに"濡れ手に粟"のように高い菓子が売れまくる日。
そんな、ただの「ブルジョワジーのイベント」を、私は断固嫌悪する!
「そうなんだ…」
「ええ、そうですとも。だいたい一年に販売されるチョコの4分の1の売上はこの時期に集中するというから、どれだけ利益が上がるか想像がつくでしょう。まるでパチンコ・宝くじなどと同様に、庶民からいかに効率的に金を貪るか考える汚い努力を重ねた結果なのです」
「詳しいね、東城」
「四人の内で誰が一番チョコの数が多いのか、そんなものを競うこと自体が最も愚かなことなのですぞ!」
――バンッ。
ついつい独り言に熱が入り、東城は机を叩いた。そうなのだ、一体なんのためにそんな競争をするのか全く分からない。ただアイツら三人の自己満足と虚栄心を満たすために私は利用されるだけではないか。
「そんな競争してるんだ?」
「ええ。そもそもバレンタインデーはめでたい日というのが誤認だと、アイツらは知らない!ヴァレンティヌス司教が、269年にローマ教皇の逆鱗に触れて殺害された、本来は法事のように騒ぐのを戒める日なのです。それを無教徒であるにもかかわらず、商業利用しようとは滑稽にもほどがある!!」
「ふーん…」
「バレンタインデーは各協会及び経済への負担がものすごいため、諸協会は幾度も中止のお知らせを展開している。なのに、ほとんどの人々はこの警告を無視しゾンビと化してチョコレートを求める。本来は、製菓会社の利潤追求行動に乗せられていることを批判すべき日なのに」
「東城は、バレンタインデー否定派なんだ。知らなかった」
「もちろんですとも!毎年チョコの食べ過ぎで鼻血が止まらず失血多量で緊急入院しただけでなく、死亡する人もいると聞きます。バカップルたちによれば "日本におけるバレンタインデーはクリスマスと同じく、女とヤるための口実" 。事実、クリスマスの訳語である"聖夜祭"も学生を対象に行われた学力調査で94%が"性夜祭"と解答したというバカげた調査結果すらあるのですぞ」
「豆知識たくさんで、今日の東城はちょと格調高いね」
「私はいつもそうではありませぬか。とにかく、チョコごときで愛が得られるようなら、より確実に愛が得られる別の方法があるはずです。そもそも、バレンタインデーが馴れ初めで生涯を共にしている人など殆どいないのですから」
「それはそうかも」
「私は断固、バレンタイン禁止運動を主張したいっ!」
って、あれ?先程から独り言にしばしば相槌が挟まれている気がするのは気のせいだろうか。私はたしか、一人で自室にいるはず――なのに。
「じゃあ、これいらないんだね」
ゆれる声に恐る恐る振り返れば、いまにも吹き出しそうな満面の笑顔を浮かべて、彼女が立っていた。
バレンタイン撲滅宣言即 撤 回 !!!欲しいです、欲しいに決まってるじゃありませんか!(でもヤるための口実ではありませんからっ) ――というか、貴女はいつからそこにいたんですか?