血のバレンタイン

「銀さん、毎年2月に入ったら甘いモノ断ちすることに決めてんだよねぇ」

 ニヤニヤした顔がそう告げれば、彼の言わんとしていることなど聞かなくても分かってしまう。つまりは、今年のバレンタインデーめちゃくちゃ期待してるから!ってことでしょう?

「ねえ、銀さん」
「ん?」

 何年も手作りチョコだけは拒否し続けたけれど、今年は逃げられる気がしない。ここは先に少し牽制しておいた方がいいかも。ほっとため息をついて、隣に座る天パの顔を見上げた。

「ヴァン・アレン帯デーって聞いたことある?」
「バレンタインデーだろ」
「ううん、ヴァン・アレン帯デー。毎年2月14日に発生するヴァン・アレン帯異常を警告する日なの」
「なにそれ、お前お得意のアメリカンジョークか何か?」
「違います。地球の大気中にはそういう名前の層があるの。いわゆるオゾン層的なものが帯状に広がってて」
「………」
「この日から約一ヶ月間そのヴァン・アレン帯の効果が弱くなって、太陽風や宇宙放射線などの有害物質が地上に降り注ぐから注意しろって話。聞いた事ない?」

 口から出まかせをつらつらと続ければ、まったく興味なさげに鼻をほじる横顔が目に映った。
 きっと、また変な話を始めやがったと呆れてるんだろうけど。そんな銀さんには構わず、私は話を続ける。だって、手料理(とくにお菓子類)の超苦手な私が手造りチョコの製作を避けれるか否かの瀬戸際なのだ。

「日々地球を宇宙の有害物質から守っているのがヴァン・アレン帯でね、これのおかげで私たちは太陽の下を不自由なく歩けるんだよ」
「…………」
「神楽ちゃんみたいな夜兎の一族は特にその有害物質の影響を受けやすい体質だから、ヴァン・アレン帯でも有害物質を防げないんだけど」
「なァ……、その話いつまで続くんですかー」
「まだ序の口!っていうか、真面目に聞いて下さい」

 膝枕してくれたらな。そう言って有無を言わさず頭を預けてきた銀さんを避けられず、ふわふわの銀髪を撫でながら話を続けた。

「毎年2月14日になると、何故かヴァン・アレン帯が縮小を起こして有害物質から地球を守りきれなくなるらしいの。これによって有害物質が地表に降り注ぎ、毎年甚大な損害をもたらしているってのが最近の研究結果で分かったんだって」
「へぇー…」

 ピン、と指の先に付いた汚い物質を飛ばして、銀さんは死んだ魚のような眼でこちらを見上げている。

「さらに、近年この日に降り注いだ危険物質はカカオやDHMO、砂糖によく吸収されることが判明して」
「いやに詳しいのな、お前」
「そりゃあ、銀さんが甘いもの好きだから。銀さんに害があることだと思ったら気になるでしょう?」
「……続きは短めにお願いします」

 ごそり、身体を動かして銀さんの両腕が腰に回る。くすぐったい。

「だからね、2月14日には毎年暗殺のため嫌いな人に向けてチョコレートをプレゼントする輩が後を絶たない事態になっているんだって」
「あのイベントって殺人兵器的なモンだったワケ?」
「そう」
「去年はお前、製菓会社の陰謀だとかなんとか騒いでたけど」

 悪戯っ子のような視線にとらえられて、一瞬だけ言葉が止まった。

「…… "万が一チョコレートを貰うことがあれば、相手はあなたに殺意を抱いている可能性があるので、即座に捨てるか絶対に受け取らないようにすべきである" って幕府のお偉いサンがこの前ニュースで言ってた」
「へえー」

 上目遣いでじっと見つめられてドキドキするのは、出まかせを喋りつづけているからだろうか、それとも相手が銀さんだから?

「特に手作りチョコレートは異物混入の機会が格段に増えるから、最も敬遠すべき物体なのである、って」

 言い終えた私の頭を、銀さんの大きな掌がくしゃくしゃと撫でまわす。

「はいはい、お疲れさーん」
「信じてないの?」

 ぐいと首筋を引き寄せられて、銀さんの隣に横たわる。コツン、額がぶつかればさっきよりも意地悪に歪んだ瞳が目の前。

「んな話、信じるバカがどこにいますかァ?」
「……」
「ってことで、大嘘吐きの罰に今年こそバレンタインには"愛情たっぷり手作りチョコの刑"な!」
「えぇぇ!?」
「期待してるから」

 ああ、あんなに大層に話を拡げた上に、墓穴を掘ってしまった。
 ぎゅうっと抱きしめられた腕のなかで、そう気付いたときにはもう遅かった――





 ――そしてバレンタイン当日。

「"毒を食らわば血まで"ってことわざもあるじゃない」
「それ"血"じゃなくて"皿"だから!微妙に字ィ違ってるから!」
「ええ、そうなの?」
「そうなの!正しくは"毒を食らわば皿まで"毒の乗ってる皿ごと食えって意味だから」
「それ私のチョコが毒ってこと?」
「そうは言ってねえだろ。被害妄想だよソレ。そもそも先に"毒"って言葉出したのは誰ですかァ」

 ったく…パッケージだけ見たら可愛らしいのになァ。ちいさく独り言を呟く銀さんに、背を向けて舌を出す。
 だって、これは二度と手作りのチョコが欲しいなんて言わせないための作戦だから。思い切りマズい手作りチョコを作ってやった(でも言い訳するなら、時間だけはめちゃくちゃかかったんです。味じゃなく、かけた時間が愛の深さなんです)。

「どうせ毒を飲んでしまったなら血反吐を吐くまで喰らい尽くせ、そうすれば意外と活路が見いだせるものだ、というポジティブシンキングの勧めだって教えてもらったんだけどなァ」
「誰に?誰がお前にそんなこと言ったのォォォ!?」
「沖田さん。転じて、例え多少記述を間違えたとしても本当に言いたい事は通じるものだ、という"急がば回れ"に通じることわざでもある、とか得意げに言ってたよ」
「なんだそれ!」

 つうかコレ、どうやって作ったんですかァ?普通市販のチョコレートを湯せんで溶かして固めるとか、その途中でちょっと生クリーム的なモンを加えてみるとか、そういうんじゃねぇの?コレすっげ苦くて、何か口の中ざらざらするし、変な匂いもすんだけど。
 そう言ってペペッっと出された銀さんの舌の上には、しっかり擦り潰し切れなかったカカオの欠片が乗っかっている。

「心をこめてカカオを刈り取る所からやらせて頂きました」
「なんでそんな段階からっ!?急がば回れにもほどがあるだろォォォ」
「愛、かな。 ってことで、全部食べて下さーい」
「マジでか?」
「マジです。だってそもそも手造りチョコレートが食べたいって言ったの銀さんでしょ?嫌だって断ったのに無理やり作らせたんだから責任持て!"毒を食らわば血まで"デス」
(くっそ総一郎くん殺す。ぜってぇ、いつか殺す!)



のバレンタイン

なあ…この究極苦い塊って、ホントに愛情こもってる?
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