フェイク!?

 平子くんが実はかなり頭の切れる人だと気付いたのは、随分前のこと。
 お喋りだけれど、空気の読めないそれではなくて。むしろ、口数と関西弁の持つ大味な空気は、彼の隠したい何かのカムフラージュに思えた。

「アホくさ」

 切り捨てる言葉には、深い洞察力と愛情。
 私と変わらない歳に見えるのに、黙って地平線の果てを見つめる彼には、幾星霜もの想いが透けているように思えるのは ただの 気の、せい?



!?




 廊下を歩く彼は、やっぱり今日も憂いのある表情をにじませている。きっと誰かに観察されてるなんて思ってないに違いない。
 それとも、
 私が見てるのに気付いてワザとあんな顔を見せているんだろうか。それもあり得るから、ますます分からなくなって考えるのは無駄だ。

 ペタペタと響く上履きの音がだんだん近付くのを感じて、視線をそっと窓の向こうへ移した。



「おはようさーん、逢いたかったで」
「ちょ、何!!平子くん」

 纏わりつかないでよ。と絡みつく腕を解きながら、さっきの表情の意味を探る。
 教室に入ってくるなり、急にテンションをあげて。予想通りだけど。


「あれ、今日は具合でも悪いん?」
「なんで?」
「いつもより、攻撃にキレがないやん」

 茶化す色は崩さないのに、声に滲む温かさはなんだろう。

「ついに俺の魅力に落ちたっちゅうことやな」
 はよ、素直になったらええのに。

 調子に乗ってふたたび腕を絡める隙を突き、思いっきり爪先を踏みつけた。

「痛っーーなにすんねん!」

 平子くんならきっと、避けれる筈なのに。
 避けないのも、彼の優しさだろうか。それとも、やっぱりカムフラージュ?だとしたら、一体なんの為なの。

「別に、いつもの事でしょ?」
「そら、そうやけどなあ」

 何かがあった訳じゃない。もっと知りたいというのも、違う。
 けど、

(なんかあってんやろ?俺に隠しごとなんてムダやで)

 "隠しごとしてるのは平子くんの方じゃない"って、ツッコミも口に出来ない位。
 耳元で低く囁かれて、心が溶け出した。







 彼女が感受性の鋭い人間やってことは分かっててん。
 腕の中で身を捩る姿は、精一杯の強がり。腰から力が抜けとんのも、伝わる感触で分かってる。

 ほんまは、何か気付いてんねんやろ。
 潮時っちゅうヤツか――

「具合わるいんやったら、保健室いくでー」
「…違うって!!」
「聞く耳持てへん」
「平子くん!?」

 腕を引いて歩く廊下、飛んでくる数多の視線。そんなん、全然気になれへん。
 掴んだ掌に伝わるやわらかさと温度、そっちの方がよっぽど重要や。

「ええから」
「良くないって、もうHR始まるし」
「そんなん、どうでもええ事やろ?」

 俺が学校来てんのは、下らんHRや授業で時間潰す為やないっちゅうねん。
 お前にそんな顔されてて、落ち着いてられる訳ないやろ?


 隣を見下ろしたら、眉間の皺がすっと深くなる。

「治してくれるの?私の中のモヤモヤしたものを、」
 平子くんは気付いてて、治してくれるってこと?

「それは無理な相談やなあ」
「じゃあ、何で連れ出すの」
 保健室に行っても、なんの解決にもならないよ。

「せやな」
「分かってるくせに、何で」
「……」
「どこかが痛いとか、病気ならお医者さまが治せるだろうけど」
 私のは、そんなのとは違うから。

 寂しげなお前の横顔が、胸に刺さる。

「医者かて、そんなん治されへんって」
「そんな事ないでしょう?」
「いや、無理や。人間っちゅうのは、他人で治せるような構造にはなってへんからな」
 医者なんて、ただ悪い所を指摘するか、先を推測する位しか能はあれへんねん。

 それは、まぎれもない事実だから。黙って俺の言葉を聞いている彼女が何を考えているか、俺にも簡単に推測は出来る。

「でも、癌の治療は?あれはどうなるの?」
 医療技術が発達したから、治癒する人だって増えたんでしょう?

 ほら、やっぱり。思った通りの反論してきよった。

「それも一緒の事や。治るのはその人間の力」
 他人には治されへんねん。

「じゃあ、医者や医療技術の存在はムダってこと?」
「そうは言うてへんやろ?」
 悪いトコ見つけて、より悪化する前に取り除くっちゅうのは有効やしな。

 ふっ……ため息を吐き出した顔が、柔らかく緩んだ。

「でも、最後に治るのは…その本人の力、か」
「せや」
「病気には精神的なものが作用する、って言うもんね」
 それってそういうことなんだ――

 そうそう、その顔や。
 それが見たかってん。

「だから、お前も悩みなや」
「へ?」

 医者の話とどう繋がるのか分からないと言わんばかりの表情。

 着いた保健室は、無人。
 今日は保険医、いいひんって分かってて連れて来たんやから当然やけど。

 膝の間にお前を挟んで、ベッドに腰掛ける。

「他人を癒すことは出来へんけど、他人に癒されることはある」
「だから?」

 人に直せるのは人工的な作りモンだけで。
 他人の俺にお前の心は治せんけど、癒したい意思はあって(だからと言って、何もかも話してやることは出来ひんけどな)。

「落ち込んだ顔、見せんといてくれ」

 後ろからギュッと抱き締めると、しのび込む爽やかな花の香り。
 鼻先を擦り付けて、うなじを堪能した。







 首筋に降ってくる唇は、言葉の持つ温度と同じように熱い。

 議論のすり替えで、良いように誤魔化された気がしないでもないけど。
 平子くんの存在を肌で感じれるなら、他の事はどうでも良いや。


!?
(癒されとんねん、お前に)

仰ぎ見た顔が、意味深に歪んだ――
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