ジレンマを絡め取る

 どう考えても無理だ。出来ることなら受け入れたいのに、何もかもを満たす方法は思い付かなくて。
 彼を素直に応援出来ない自分が、すごく厭な女に思えた。

「はっきり言えよ」
「うん」

 胡座の上に私を抱きしめたまま、顔を見ずに紡がれる修兵の声は、ほんの少しだけ震えている。

「無理して俺に合わせる必要なんてねぇし、」
「…ん」

 いままでだって、いつも私は自分の意志を曲げたりしなかった。
 なのにわざわざそんな事を言うのは、きっと彼には私のこの動揺も弱さも筒抜けなんだろう。

「お前の気持ち、優先してぇから」

 ハスキーで低いその響きがなによりも好きで、ずっと隣で聞いていたいと思うのに。
 いま私の考えていることは、きっと彼を悲しませる類のことばかりで。

 理由も説明出来ずに溢れそうな涙だとか、愛情が簡単に日常に疎外されてしまう様子だとか、未来への不安だとかに、押し潰されそうになる。
 何十年も死神としての生を生きて来た彼が、そんなに簡単に決断をするはずがないのに。
 だとしたら、突き付けられた現実は、私が感じている以上に重たい。
 それでも即答出来ないのは、私が子供だから?

「悪いけど、少し時間ちょうだい」

 同じように顔も見れず、吐き出した自分の声は、笑えるくらいにふるえていた。



「問題ってのは、」

 耳たぶに触れそうな位置で響く、大好きな声。

 こんなに近くでそれを聞かされると、脳の大半は働きを止める。
 聴覚が研ぎ澄まされ、耳の奥を撫でる音を味わうことに意識が集中する。

「何が問題なのかを理解した時点で、解決したも同然だから」

 音をなぞる。

「聞いてる?」

 返事も出来ずに頷く私を、修兵の鋭い瞳が覗き込む。
 見つめたまま、緩やかに弧を描くカタチへと変わって行く彼の目に、鼓動が高まる。
 浅くなった呼吸。苦しくて、薄く口を開いたら、小さな笑い声。

「な、なに…?」
「いや」

 笑いを含んだ修兵の声に、眉を顰めると、こつん。額がぶつかって。
 上目遣いの艶っぽい目付き。

「どうせ声に聞き惚れて、内容なんて頭に入ってねえんだろ?」
「……っ!」

 図星を突かれて、言葉を失った。

「そんなに俺の声好き?」

 こくこく頷く私の両肩に置かれた修兵の手に力が篭る。
 十指から与えられる外圧に、彼の愛情が透ける。
 鈍い痛みに堪えて見上げた視界で、修兵の表情がきゅっと尖った。

 伸ばした腕の長さ分の距離で紡がれる、低い声は真剣で。

「今度は聞けよ?」
「ん」
「この世のほとんどの問題っつうのは、何が問題なのか把握した時点で答えが見えるモンなんだ」
 だからお前も、やみくもに悩むな。

 彼がエリートだなんて、普段はちっとも意識したことがないけれど、こんな時の修兵はなんて冷静なんだろう。
 やっぱり、この人の事が死ぬほど好きだ…と思った。

「いまはこん位しか言えねぇけど」
「十分…」

 ぎゅっと抱き寄せられて、再び耳元に注がれるハスキーボイス。

「良かった」
 お前の泣きそうな顔には、すげえ弱ぇんだ。

 困ったように少しだけ眉根を寄せて眦を下げた優しい表情。
 その顔も、胸が痛くなるほど好き。

 至近距離の端正な顔に走る傷痕へ、そっと指を滑らせる。
 薄い皮膚の下、持ち上がる筋肉に合わせてシャープな頬がカタチを変える。

「ごめ……」

 小さく呟いたら、大きな掌で優しく両頬を包み込まれて。鳩尾の奥で煮詰まり過ぎた愛おしさが、甘くあまく焦げた。


「別に謝らなくても良いって」

 その代わり、


取る
(キス、さして…)

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2009.02.03
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