ラズベリー

「雨竜にも、これ」
「ああ。ありがとう」

 手渡されたチョコレートは、きっと義理チョコってやつなんだろう(雨竜に"も"って言葉が、その証拠だ)。
 まだ渡す相手がたくさん居るのか、やけに大きな袋を持つ彼女のほうへすこし近付いた。

 重そうな荷物を見ると、無意識で手が伸びる(もちろん異性限定だけど)。

「貸して」
「…ありがと、」

 口篭る謝礼の言葉に続けて、君が喋ろうとした言葉は"でも大丈夫だから"という、多分抵抗の意志を示す類のものに違いない。
 有無を言わせぬ動作でそれを遮って、眼鏡を指先で押し上げながらニコリ、笑った。

 ドアを開けてあげるとか、荷物を持ってあげるなんて、意識に染み付いている自然な感覚で。
 たまたまうちの家庭がそういう教育方針だったのか(確かに一般家庭に比すれば異質だ)、それとも遺伝子情報に組み込まれて僕の中にもともと根付いていたものなのかは解らないけれど。

 僕に委ねられた荷物を、申し訳なさそうに見つめる瞳(その瞳を僕の方だけに向けてほしい)。
 肩にかかって揺れるやわらかそうな髪(その髪の隙間に指を通したい)。
 黙って隣に立っているだけで、君がどれだけ僕の心を乱しているかなんて、気づかなくてもいい。

「雨竜は本当にいつも紳士的だよね」
「突然どうしたの?」

 瞬きの度に揺れる長い睫の下、淡い色の眼球は頼りなく泳いでいる。
 何か、いやな記憶でも浮かんできたの?紳士的じゃない男でも居たのか(いや、そりゃ当然いるに違いないけど)。

 あ、ほら。そこに段差があるのに。
 このままじゃ、絶対躓くと分かっていながら口にしない僕の、どこが紳士的だというんだろう。

 何を期待しているのか、余りにも明らかな自分の思考に笑える。

「だって、見返りを期待せずに注がれる優しさに……、っ」
「危ないっ」

 ほら、やっぱり躓いた。
 まったく君はそそっかしいと言うか、間抜けというか。

 危うい所で手を差し出して、身体を支える。
 びっくりするほどに細い腰に反して、肌に還される感触はそこから溶けてしまいそうにやわらかい(これを味わいたくて黙っていたんだから、思う存分味わわないと)。

「ありがとう」
「いや、気をつけなよ」

 微笑を浮かべた君を見下ろしながら、僕が考えていることは、他の男たちときっと寸分違わなくて。

「雨竜の傍だと、安心して居られる」

 "そりゃ、よかった"。でも、勘違いなんじゃない?
 だって、隙だらけの君に優しくする男たちの気持ち、痛いほどに分かるから。

 可愛い子に優しくすれば、もしかしたらその先には…なんて、愚かな欲望が控えてる。
 所詮、男ってそんなもの。



(いや、僕のも下心なんだけど)

 心の中で呟いて、支えた腰にぎゅっと力を込めてみた。
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