P.S.(追伸)

 山積みのチョコレートに埋もれたくなくて、毎年意地を張り通してきた。

「なんや、またくれへんの?」
「何度催促されても、隊長にはありませんよ」
「いけずやなあ、キミは」
「別に私があげなくても、腐るほど貰ってらっしゃるじゃないですか」

 ちら、と市丸隊長を睨みながら、副隊長へ包みを渡す(勿論、義理だけど)。

(なんでイヅルのはあって、ボクにはないのん?)
「あげる理由がないからです」
(そやかて、欲しいのはいっつもキミのんだけやのに)


 隊長の言葉はホントか嘘かわからない。
 きっと体のいいお世辞みたいなものだと言い聞かせながらも、声に含まれる僅かな成分が動揺を引き出す。

 反応にためらう私を見兼ねたように、吉良副隊長の助け舟。

「せっかく隊舎に顔を出されたんだから、今日位は仕事してください」
 毎年毎年バレンタインの日だけここに現れるのは、チョコレートが目的だなんて言わないで下さいよ。

「それが理由やったらあかん?」
「ダメに決まってるでしょう」
 仮にもあなたは隊長なんですから。

「"仮にも"やさかい、かまへんやろ」
「揚げ足取りは止めて下さい」
「でも、ボクがいいひんくてもちゃんとイヅルが仕事こなしとるやん」
「やむを得ずってヤツです、たまには楽させてくださいよ」

 ふたりのやり取りは、じゃれあいの延長のようで微笑ましい。

 なんだかんだ言っても、私は子供みたいなのに得体の知れない市丸隊長の事が大好きで。
 理解出来ないものに惹かれるのは、人間の欲の一種なんだと思う。
 隊長が神秘性をあおる言動を意図的に選択している訳ではないのだろうけど、彼の思惟は私の理解の範疇を越えていて。それ故に、どうしようもなく彼に惹かれる(多分私の本心など、鋭い隊長には筒抜け)。



「しゃあないな。仕事したるから、イヅル…お茶」
「"したるから"じゃなくて、元々隊長の仕事なんですって」
「ええやん。喉渇いてん」

 ふたりのやり取りは、まだ同じトーンで続いている。
 まるで駄々っ子と先生みたいで、実年齢と中身のアンバランスさが可笑しい。



「何笑てんの?」

 くすり。思わず漏れた笑いに、隊長の訝しげな声。

「いえ、別に」
「ほんま?」

 薄く開いた深緋色の双眸に、捉えられると動けなくなるのは、精神的なものなのか、それとも隊長の高過ぎる霊圧のせいなのか。
 脊椎がびりびりと震える、決して不快ではない感覚に、肩を竦める。
 絡んだ視線が苦しかった。


「僕、お茶入れて来ますね」
 逃げないで下さいよ、隊長。

 ことり、筆を置いて立ち上がった彼が、何かの気配を感じていたのか否かは解らない。
 小さな子供を叱るのに似た台詞を残して、吉良副隊長が部屋を出た瞬間、空気がゆらいで。
 何故か緊張の糸が緩んだように、再び笑いが漏れた。


「やっぱり笑顔の方が可愛ええよ」
 まただ。
 何気ない一言に翻弄されて、胸の奥は勝手に騒ぎ立てる。

「……」
「どないしたん?顔火照らして」

 くつくつと零れる、悪戯な笑みに見惚れて。間抜けなやり方で半分開いた口を、慌てて手で塞いだ。


「せや、今までちゃんと言えへんかったけど……」
 これボクの気持ち。

 不意に包まれた両手の中には、小さな箱。
 微かな重みは市丸隊長からもたらされたというだけで、何にも変えがたい重さに変質する。
 そっと触れた肌の感触に、軽い目眩を感じた。

「なんですか…これ?」
「"愛の証"や」

 問い掛けにニヤリと口元を歪めて、薄い唇が象る言葉に肌が泡立つ。

 首筋に触れそうな距離、聞こえるまろやかな声。

「愛を伝えんのに、男も女も関係あらへんやろ?」
 開けてみ(イヅルのいいひん内に)。

 頷きながら、相変わらずの嘘臭い(でも愛しい)笑みを一瞬だけ見つめて。震える指先で包みを開いた。


P.S.
(言いそびれててん、許してな)

こんなモノと一緒に、今更「愛しとる」なんて 狡過ぎる。
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2009.02.14
隊長、なにくれはったんやろ
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