バスルーム

 逆チョコなんてものが世間では流行っているらしいけど、そんな眠たい事をしてくる男には興味の欠片も持てなかった。
 だって、そんなの下心以外の何物でもない。



「ったく、お前は昔っから冷めてるよな」
「そうかな?一護はきっと熱すぎるんだよ」
「るせぇ、大きなお世話」
「多分、私はフツウ」
「んな訳ねえだろ、絶対女にしては醒めてるし」

 見かけだけは女っぽいのになぁ。



 冷めている、乙女らしくないと言われ続けてきた(あくまでも精神的には、ってことで。ビジュアルは、どうにも女という性別の呪縛から抜け出せないらしい)。
 でも、そんなことは全く気にならない。
 私は私だし、無理して自分を偽ることに意味など見出せなかったから。



「今日は、良いよね?」
「は?」

 何の脈絡もなく啓吾に話し掛けられて、つい無造作な返事が漏れた。
 イイよねって、何が?
 啓吾ってお喋りな割に、肝心な言葉が抜けることが多いから、彼女の私としては会話の内容を推測するのに結構苦労したりする。
 何度も注意してるのに、一向に直らないから、最近では無駄な労力を避けることに慣れてきた(つまりは、会話の中身がはっきりするまで返事を極力短くして、わざわざ先を読むことを止めたってこと)。



「俺の愛、たっぷり受け取って」

 差し出されたのは、いかにもって感じのハート型のボックス。
 いや、確かに今日はバレンタインだけど。私、そんなに甘いもの好きな訳でもないし。

「要らない」
「嘘ばっかり」
「ほんとデス」
「あ、分かった!!照れてんだろー?」

 まさか自分が、そんな男と付き合う事になるなんて、1年前の私が聞いたら鼻で笑いそうな現実がいま目の前にあって。
 逆チョコ=下心って訳でもないんだって、気付けたのは啓吾のお陰だから、ちょっとだけ感謝もしてるけど。

「違うって、啓吾のバカ」

 いいから、いいから。と、私の手を引く彼の力は、驚くほどに強い。
 なのに、手首を握るその遣り方は、泣きたくなる位に優しかった。

 いいからって、一体何がイイんだか。

「俺、今日はすごい気合入ってんだよねぇ」
「へぇー……」
「あれ?何かテンション低くない?俺の気のせい?」

 気のせいじゃないよというツッコミの言葉が、咽喉元まで溢れて来たけど、啓吾が余りにも嬉しそうな声を出しているので、必死で押し留める。

 仕方無いか、こうなった啓吾は私には止められないし。
 視線を足元に向けて、腕を引かれるままに任せた。

 それにしても、どこに行くつもりなんだか。学校を出て、ずいぶん歩いた気がする。
 ずっと自分の足元ばかり見ていたから、進んでいる方角も全く気付かなかった(啓吾が私をヘンなところに連れて行くわけがないと信じてたから、だけど)。



「さー、どれにする?」
「え……」
「やっぱりこんな日は一番高い部屋だよねぇ」
「……」


 不可解なセリフにやっと顔を上げれば、目の前には、たくさんの部屋の写真パネル(いわゆるラブホだ)。
 気合入ってるってのは、そういう意味だった訳?


「これにケッテーイ!!」

 何の後ろ暗さも感じさせない能天気な声で叫びながら、最上階の部屋を選ぶ彼の腕を振り解いて。
 私より随分高い所にある顔を、キッと睨んでみた。


「浅野さんのヘンタイ」
「変態って言うなー…っていうか、浅野さんって言わないでぇぇぇ」
「だって変態でしょ?あ・さ・の・さん」
「いいじゃん、こんな日には愛を確かめ合っても」
「愛なんてありませんー」
「そんな筈ないだろ?」

 だってチョコ受け取ってくれたじゃん。

 いつの間にか再び腕を絡められて、気が付けばエレベーターの中。
 唇を尖らせた啓吾の顔は、まるで漫画みたいで。典型的なデフォルメの表情そのまんま(違うのは、閉じた瞼の下に伸びている睫毛が意外に長いことぐらいだ)。
 笑えるのに何故かすごく愛おしくて、それはやっぱり私にも愛があるからなんだろうなと思ったら、抵抗する気を失った。



「一緒にお風呂、OK?」
「は?」
「っていうか、無理やりでも一緒に入るから!!」
「なんでよ、ヤダ」

 浅野さん、やっぱりヘンターイ!!!

 駄々っ子みたいに拗ねた表情を見せるくせに、私の服を脱がせる啓吾の指はすごく器用で。するすると剥がされていく服が足元に落ちるさまは、スローモーションみたい。
 首筋に落とされる唇も、時折私を見下ろす瞳も、まるで何よりも大切なものを扱うみたいに優しくて。


「俺の気持ち分かんない?」
「分かり…ません」

 バスルームから漏れる湯気に混じって、ふわりと漂う彼の香り。
 かるいリップ音を響かせて頬に口付けた後、やけに真剣な啓吾の目が私を見据えた。

「そんなの決まってるじゃん」


バスルー
(チョコだけじゃ、この愛情を伝えきれないから)
 そんな目でそんな事を言われたら、完敗。バカな男に溺れる、バカな女になってあげてもいいや――
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