悪性ラバー

 コンコンと不自然なノックが聞こえて、嗄れた咽喉から声を絞り出す。

「は…い」
「俺や、オレ…」

 見舞いに来てやったでぇ、開けんぞ。と続けながら勝手知ったる所作で扉が開く。

 この声と喋り方、真子だ。
 そう認識する頃には既に扉が開かれていて、病人を見舞いに来たにしては嬉しそうな顔が、私を間近から覗きこんでいた。


「隊長がこんな昼間に抜け出して、大丈夫?」
「かめへんって。惣右介がきっちり俺の分まで働いてくれとるし」
「そ……」

 それで五番隊は大丈夫なんだろうかと、ちらと思ったけど。いつもの私だったら口にすることを、今日は喋る元気もなくて。

 さらり。額に充てられた真子の手が、ひんやりと心地良く感じるってことは、やっぱりそれなりに熱があるらしい。


「まだ具合悪そうやんけ」
「うん…昨日も一日寝てたし」

 少しはマシなんだけど。

「喉、渇けへんか?」
「かわいた」

 お茶でも入れたるわ。と立ち上がった真子が、離れていく背中に不意に寂しさが募る。
 さっきまで、たった一人で此処に居たのに、不思議だけど。


「要らない…から、」
「でも、咽喉渇いてんねやろ?」
「いいから、此処に居て」

 ぎゅっと羽織の袖を掴んで、真子の目を見上げた。
 少しだけ、彼の眼が泳いだように見えたのは、気のせいだろうか。


「えらいハスキーボイスやなぁ」
「風邪……ですから」

 枕の傍に肘を突いて、至近距離で覗きこまれたら、動悸が激しくなる。
 真子の目、やっぱり微かに揺れて見える。

 脈が早いのも、視界が揺れるのも、また熱が上がってる所為なのかな?


「なんや、今日はえらい素直やん。そないしとったらお前も可愛いのに」

 羽織りに添えた手をぎゅっと掴まれて、体温差に震える。


「っ…しんじの馬鹿、そんなんじゃないって!」

 慌てて振り解こうとした手を更に強く引き寄せられる。
 気が付けば、私の真上に真子の細い身体。
 しなやかな重みに幸せを感じたのも束の間、やけに申し訳なさそうな声が耳元に響いた。


「非道やて自覚はあんねんけど」
「な…に?」

 サラサラの金髪が垂れて頬にかかると、ふたりの周り、半径約15cmにバリアが出来上がる(なめらかな髪で囲われた閉鎖空間)。
 部屋の情景すら見えなくて、ぼやけた網膜に映るのは、意地悪に歪んだ彼の顔だけ。


「悪う思わんとってや」
「…真子、?」






「その声、めっちゃソソるわ」
「……っ!!」
「弱ってる顔も、何かヤバイし」






(ヤれば治るんちゃう?)

 その掠れ声で啼かせてみたいねんけど。あかん?
 何やったら、俺がその風邪もろたるし――


 たしかに風邪は誰かに遷せば治るっていうけど、それって本当なんだろうか。
 考えている間に、唇を塞がれていた。
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