ラプンツェルロック
午後の授業中ってのは、どうしてこうも眠たいんだろう。
淡々とした教師の喋り声も、黒板にチョークが摩擦して発生するカツカツという音も、揃って子守唄みたいに私を眠りの淵へと引き込もうとする。
ふあ。
欠伸を噛み殺して窓の外を見ればあいにくの雨模様。しとしとと降り続く雫の音さえも、睡魔に餌を与えるだけに思えた。
欠伸をまたひとつ噛み殺したら、ポケットから聞こえる控えめな振動音。
そっと取出した携帯の画面には、メールの着信を告げるメッセージが流れている。
(えらいデッカイ欠伸やのう) メールの送り主は、斜め後ろの関西弁の同級生だ。
(煩い!!) 短く返信すると、またすぐに着信ランプが点滅する。
(ほんまのことやんけ)
(大きなお世話デス) 何てことないやり取りは案外楽しくて、広い教室のなかで秘密を共有している気分になる。
皆の目を盗んでこっそり視線を合わせ、くすりと笑った。
(ところで…ホワイトデー、なんか欲しいもんある?) 真子に良く似た金髪の男が踊る奇妙なデコメに、笑いを誘われて、つい調子にのったのは確かに私だけど。
(うーん、別に気持ちだけで充分だけど)
(ほら。ただより怖いモンはない、言うしなァ)
(失礼なヤツ!でも、強いて言うなら……"真子の愛"かな)
ハートマーク付きで返信して、そっと様子を窺うと、画面を見た瞬間に彼の肩がぴくり。揺れた気がした。
ソッコーでかえってくる返信には、きっとまた笑いを取る内容か、クサい台詞が並んでいるんだろう。
真子のおかげで眠気は覚めたけど。
やけに真剣な顔でキー操作する姿は、何となく可愛い。なんて、伝えたらきっと"アホか"って言われるんだろうな。
(え、ほんまか!そんなんやったら、既にめっちゃ愛してんで)
帰って来た直球の台詞は予想内のものだったのに、文字(と、並んだハートマーク)が目に入ったら、胸がきゅっと詰まって。
その後に目眩がした。
めっちゃ愛してんで…――
瞬きを繰り返し、同じ文字を目で追うたびに、心臓がばくばくと鼓動を早めて。
真子流のジョークだと言い聞かせながら、心の何処かが喜んで騒いでいる。
この自分の反応は、予想外だ。
真子に動揺させられるなんて悔しくて、どうにか仕返しをしてやりたいとない知恵を絞るけれど、のぼせかけの頭ではたいしたことを思い付ける訳もない。
(じゃあ、その愛をカタチにしたものを頂戴)
ふるえる指で送信ボタンを押して、振り返った視界にはニッと歯を出して悪戯に笑う真子。
自慢のさらさらヘアーが、蛍光灯の下でも眩しく感じるなんて、私 どこか変?
赤くなっているに違いない顔をそっと背けたら、再び振動する携帯と一緒に、心臓が跳ねた。
ラプンツェルロック
(せやったら、持って帰られへんくらいデカなんねんけど。どないしょ?)
さらさらの金髪に心まで絡め取られるのが、幸せ。だなんて、悔しいけれど思ってしまった私。