片想いの法則
世の中って、どうしてこんなに上手くいかないんだろう。大事な朝に寝坊はするし、なぜかそんな日に限って盛大に寝癖がついている。慌てて走れば死覇装の裾を踏ん付けて派手に転ぶし、そんな所を一番見られたくない人に見られてしまうというのがオチだ。
それでも何とか毎日を過ごしていけている所を見れば、世の中捨てたもんじゃないと言えるのかもしれないけれど。でも、これはやはりあんまりだろう。口に入れた欠片をペペッと吐き出して、眉を顰めた。
やっぱり世の中は、上手く行かないものらしい。せっかく作った料理は、塩と砂糖の分量を間違えたせいで、食べられたものではない味に仕上がっている。もちろん誰に文句も言えない、自分が悪いんだから。
私って本当にイケてないよなあ。呟いてゴミ箱に向かったら、後ろからポンと肩を叩かれた。
「どうした?何かやけに凹んでるみたいだなァ」
「……ええ、まあ」
何の悩みもないような顔をして海燕さんが立っている。無論、彼にだって悩み位あるだろうし、副隊長という立場にいる以上は一人で抱え込まねばならない苦しみもあるはずだ。それを外に気付かせないのは、彼の強さだと分かっているけれど。
「なに、それ。捨てんのか?」
「どうしようもない失敗作なんで」
「じゃ、俺にくれよ」
「いや、だから…失敗作って、」
めちゃくちゃ腹減って死にそうなんだよな。と、死覇装の袖口からするりと伸びた腕。ぐりぐりと頭を撫で回されながら、泣きたくなる。
「喰えねえ訳じゃねえだろ?」
「でも、かなり酷い出来ですよ」
「大丈夫、だいじょーぶ」
そんな訳ない。なのに、海燕さんにニカッと豪快な笑顔を向けられたら、本当に大丈夫な気がして来るから不思議だ。
「お腹こわしても知りませんよ」
「そんなヤワな身体じゃねえって」
だいたいお前は、いちいち何でも気にし過ぎ。
「そうでしょうか」
「ああ。今日の髪型はやけに色っぽいじゃねえか」
時々ぴんぴんハネてんのも可愛いけどな。
なんでこの人は、私の気持ちにそんなに敏感に気付いてしまうんだろう。今日だって、寝癖のついた髪を隠すために無造作にまとめ上げただけなのに。海燕さんにそんな風に言われたら、寝癖がついていて良かった、とさえ思ってしまう。
「悪い。そんなこと言ったら、現世で言うセクハラってやつか」
「いえ、大丈夫…です」
むしろ嬉しい、なんて面と向かっては言えない。色っぽいという言葉が、異性として認めて貰えている意味ならば、どんなに幸せだろう。でも彼の後ろ暗さの全くない笑顔には、きっと深い意味なんてなくて。
「また何かやっかいなことでも考えてんのかァ」
「………!」
ピン、と眉間を弾かれたら、一緒に心臓が跳ね上がる。両手で支えた皿の上から、ひと欠片を無造作に摘み上げる指先。ホントに食べる気なんですか?
「何をそんなに眉間にシワ寄せてんだァ、男ってのはそういう顔に弱いんだって」
知ってるか?
くしゃりと綻ばせた表情は、やさしくて温かくて。まるで小さな子供を見守る親みたいだ、と思ったら泣きたくなった。わざと見せ付けるように大きく口を開いて、摘んだ欠片を放り込む。
「くえる、喰える!充分美味えって。捨てんなよ」
「……無理、しないで下さい」
そんな風に心を拾い上げられたら、どんどん好きになってしまうのに。何気ない言葉も仕草も、全部私を絡め取る。きっとあなたには、そんな意図は全くないんだろうけれど。それでも胸をぎゅうっと締め付けられるように、鳩尾が撚れる。
「無理なんてしてねえ…けど」
「けど?」
「お前、また勝手に考え過ぎてんじゃねえの」
「え…」
首を傾げたら、触れそうに近くに大好きな顔があって。途端に身体が熱を上げる。心臓はどくどくと鼓動を早めている。
「どうせ勝手に思い込むんなら、いい加減、俺の気持ちに気付けって…」
こつんと額が触れたら、やたらと長い海燕さんの睫毛が肌をやさしく撫でる。
「俺の自惚れだったら悪い」
至近距離で唇が動けば、身体は勝手に強張って。肩が揺れる、息が止まる。
次の瞬間、
しょっぱい唇に口を塞がれた。
片想いの法則
(口直し、な)
やっぱり、まずかったんじゃないですか。と頬を染める姿が可愛くて、逃げようと暴れる身体をぎゅうっと抱きしめた。
案外、世の中って捨てたもんじゃねえだろ?
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2009.05.05
どっちも片想いと思い込んでただけ。