相乗効果って何ですか

「添い寝、してくれるかい?」

 イヅルの声はいつも低めだけれど、風邪のせいですこし鼻にかかる掠れ声は反則だ、と思った。

 弱々しい風貌に似合わない強い力で、するり、抱き寄せられたら、さっきまでふらふらしていたのは演技だったんじゃないかと疑いたくもなる。でも、あいにく私の知っている吉良イヅルは、そんなに器用な男ではない。はずだ。
 そんなどうでもいいことを考えているのは、頭のほんの片隅だけで。
 抱きしめられている。
 すぐそばに、イヅルの肌を感じる。
 首筋には、いつもより荒い呼吸がかかる。熱くて、くすぐったい。
 その体勢に、頭のなかがいっぱい。
 なぜ。うれしい、けど。どうして、急にこんなことになっているんだろう。

 耳元で私の名を呼ぶ低い声。ずっと前からそれが大好きだった。
 いつもより熱っぽく聞こえるのは、イヅルが本当に熱があるからなんだろう。それだけのことだ、と思うのに、背中がぞわりと泡立つ。

「イヅル…?」
「ごめん」
「謝らないでって、言ってるでしょう」

 ぐ、抱きしめる腕がきつくなる。遠慮がちでやわらかくて、でも抜け出せないくらい強くて。
 酔った勢い、なのかもしれない。男と女を何十年もやっていれば、ときにはこういうことだってある。おかしくはない。妙齢の男女、なのだ。
 イヅルだって男だから。
 それに、彼をここに連れてきた時点で、期待はゼロだったとはいえないのだから。どこかで、私もこうなればいい、と思っていた。

「……あの、」

 困ったように眦をさげる顔。イヅルは困惑しているときがいちばんきれいだ。
 眉間に皺をよせて、垂れ目をもっと下げて、唇を歪めて。鈍い金髪の隙間からのぞく瞳はホントにきれい。薄い唇も、きれい。
 そう思った瞬間に、吸い寄せられていた。弁解しようと開きかけた唇を、自分のそれでそっと塞ぐ。

 私、いま――なにを。

 一瞬だけ、だったと思う。たった一瞬。掠めたイヅルの熱が、たしかに唇に残っている。
 かさかさと乾いて、肉薄の、やわらかい感触。
 いま、キスを、した。イヅルに。

 ほんの数秒間にしては、やけに鮮明な感触が、私のなかに残っている。顔が、熱い。
 慌ててはなしたそれを、追いかけるようにイヅルがもういちど塞いで。

「風邪、遷っちゃうかもね」
「ごめん」

 謝るくせに、唇ははなさない。一度唇を重ねたら、止まらなくなる。私も、たぶん、イヅルも。
 キスとキスの隙間に、照れかくしの言葉。

「イヅルのなら、何でも貰ってあげるけど」

 キスが止まる。
 みひらかれた瞳に私が映って。言ってはいけないことを口にしたんだろうか、ただの成り行きなのに、付き合っている訳でもないのに、感情を押し付けるような言葉を。
 きっと、私も酔っている。いつもなら、言わないことば。

「本気、かい?」

 本気。でも、本気じゃないほうがイヅルにとっては嬉しいのかもしれない。
 風邪をひいて、熱があって、薬を飲んで、お酒に酔って。私のかすかな下心で部屋に連れてきて、成り行きでこうなった。それだけ。
 イヅルは男で、私は女だから。それだけのこと。

 左右に首を振る。違うよ、本気じゃない。
 感情を押し殺すのは苦しいけれど、このままやめてしまうのはもっと苦しい、と思った。
 コツンと額を合わせて、イヅルが私を覗き込む。
 本音がもれてしまわないように、目を伏せて、そっと唇を噛んだ。

「嘘つきなんだね」
「……なにが?」
「君が」

 話しながら、イヅルの手がきつく腰を抱き寄せる。
 苦しい。でも、しあわせ。鼓動はどくん、どくんと早まっている。

「そんなこと」
「ない、ってのも嘘でしょう?」
「やめて」

 いっそう強く抱きしめられて、息が出来なくなる。
 掻き抱かれた身体といっしょに心臓もぎゅうっと締め付けられて、苦しい。痛い。

「やめないよ」
「イヅル…酔ってる、から」
「ああ。酔ってる」
「熱もあるんだから、」

 とん、と鼻の頭同士がぶつかる。
 ああ、そうだね。相槌を紡いだ唇が、また私の呼吸を奪う。
 聞き慣れた低い声は、近くで聞くとなおさら心をざわつかせるもの。それに、イヅルは気付いているのではないかと思った。自分の武器を知っていて、それが私に有効に作用することも知っていて、それで、わざと低く掠れた声を出しているんじゃないか、と。

「早く寝たほうが、いいよ」
「無理」
「なん、で」
「君が嘘つきだから」

 私は、何を言わせようとしているんだろう。
 彼は何を言いたいんだろう。

 嘘つき。
 イヅルの大きな手が、死覇装の上から、肌を控え目に掠める。布越しの感触に、頭がのぼせそうになる。

「待って」
「待たない」

 こうなることを予想していたではないか。こうなればいいと期待した。
 なのに、予想よりもずっとイヅルは強引で、やさしくて。ただの成り行きとは思えないくらいに、やさしい手が私にふれる。
 きれいな瞳が私をとらえる。どくん、どくん。心臓は壊れそうなほどに鼓動をくり返している。

「そんな顔で拒まれても、やめない」

 やめられる訳がないだろう。低い声が耳たぶを撫でる。やっぱり、その声は反則。逃げられなくなる。
 愛おしげに頬にふれられて、声を堪える。
 お酒と薬のせいで、熱っぽく潤んだ目。

「逃げられるなんて思わないで」

 ゆるやかに身体を反転されて、力の抜けたまま、すべてを委ねる。
 逃げる気なんて、はじめからなかった。
 イヅルの手が胸元に滑り込んでいくのを、唇を噛んで見る。ひやり、少しだけ低い掌の温度が私をつつむ。

「熱…は、」
「そんなの、どうだっていい」
「でも」
「もう何言っても無駄だよ」

 上から見下ろされて、いつもの彼に見えなくなる。イヅルってこんなに強引だっただろうか。
 にやりと口元を歪めた表情に見惚れていたら、また唇を塞がれた。ぬる、滑り込んだ舌に口内をなぶられて、熱のこもった吐息がもれる。
 イヅルの足が、膝を割って絡みつく。布の下の指先は、器用に肌を擦る。

「ずっと、こうしたかった」
「……」
「君とずっと、こうしたかったんだ」

 だから、逃がさない。ざらりとした舌で、耳たぶを舐められる。いっそう低い声が、私の名を呼ぶ。好きだ、と聞こえたのは現実なのか空耳なのか。もう、どちらでも良かった。
 熱があるのはイヅルだろうか、それとも私?身体のなかが驚くほどに熱い。彼のうごきといっしょに漏れる吐息も、甘く凝ったように熱い。
 唇も掌も頭のなかも身体のずっと奥のほうもあつくて。どこもかしこも熱くてたまらなくて、喉が涸れる。声をうまく出せなくなる。

 いつの間にかはだけた胸。敏感に反応している部分を執拗にせめられて、涙が出そうになる。

「イヅル……」
「僕は、案外しつこいんだ」
「知ってる」 

 そんなこと、言う余裕なんてなくしてやる。低い声を放って、きつく両手を縫われる。いたい、けれどそれが心地いい。
 酔いと、薬と、熱で、表情を歪めたイヅルは、困惑しているときよりももっときれいだ、と思いながら目を閉じた。

 

果って何ですか

朝まで付き合ってもらうからね
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -