朱に溺れる

「吉良イヅル、ただいま戻りました」

 扉の外から声をが聞こえたんは、ボクがもがく彼女の身体をくるりと反転させて、やっと思いきり抱きしめとるとき。
 ほんまにイヅルは、間ァ悪い言うんか、空気読まれへん言うんか。せやから、いっつも虐めたなるんや。

「な、な、なにをされているんですか」
「見たらわかるやろ」

 ばさり。無機質な音がして、イヅルの足元に、貰って来たばかりの薬がばらばらと散らばる。
 そないオーバーリアクションせんかてええのに。やっぱりイヅルは大袈裟やね。

「全くもって、理解できません」

 顔を赤う染めて、ほんまはわかってるくせに。
 イヅルは案外むっつり助平らしい(ほら、隊長やから部下のことは良ぉ観察してんねん。出来た上司やろ。感謝してや)、頭のなかでは色々と憶測を渦巻かせているのかもしれない。

「見てわからんモンは、聞いてもわからへんのと違う?」
「………イイ加減にしてください」
「おぉ、こわ。一応、愛し合うてるふたりの、熱い抱擁シーンなんやけど」

 もともと抱擁で済ますつもりはあらへんし。

「イヅルにはもっと強烈なんを見せへんかったら伝わらんみたいやね」
「い、いえもう充分伝わってますから」

 結構です。と顔を背けるイヅルを見てたら、ついついからかいたなる。

「遠慮せんかてええんよ。ボクらはぜんぜんかめへんし」
「隊長…私は、構います」

 へえ、そないつれないこと言うんや。耳元で囁いたあとに、そっと視線を合わせる。それが、ちいさな彼女の抵抗には、一番効く。

「ほんまに水臭いなあ、ボクとキミの仲やん」
「とにかく、はなして下さい」

 そんなに声も身体もふるえてるくせに、まだ観念せえへんの?さっきまでボクの腕んなかでぐったりしてたくせに。まあ、ええよ。そのかわり、後で覚えとき。

「ごめん、ごめん。つい、いきってしもて」
「吉良副隊長、すみません。すぐ執務の続きを」

 渋々身体を放したところで、ちょうど昼時を告げる鐘の音が聞こえてきた。

「なんやぁ、もう昼時やねぇ」
「そのようですね」
「イヅルどっかで食べてき」
「いえ。ここで執務の続きをしながら、と」

 ほんまにイヅルは、空気読めへん子ぉやね。ボクの性格まだ分かってへんのやったら、思い知らせたってもええけど。

「これからボクは別の続き、しよう思ててんけど」
「続き、って」
「ボクらの昼伽。見たいん?」
 イヅルが見たいんなら、おってもええよ。ヒトの目ぇあったら、刺激的やろし。

「隊長っ!?」

 待って下さい。言いながら彼女の声は、やっぱりふるえている。イヅルは顔を赤ぉしたり青ぉしたり繰り返して。それを観察すんのも面白いけど、それよりも今は腕のなかでふるえとる女のほうが愛おしい。

「どないする?」
「し、失礼します」

 慌てて部屋を飛び出すイヅルの背中を見ながら、くつくつと笑った。








 市丸隊長の貴重な開眼シーンには、初めて見たときから慣れない。いつも叫びそうになる。
 もともとある色気が、さらに増幅されて、どうしようもない気分になる。だから私は、稀にひらく瞳のその一瞬で、なんども射殺されるのだ。それを、市丸隊長はよくご存知らしい。

「さっきの話やけど」
「さっき…ですか?」

 言葉遣いと抑揚だけで、すでに危険物なのに、これ以上私をどうする気だろう。やわらかい台詞で、柔らかな束縛。それを言葉で、声でするなんて、そのうえ瞳で心を縫いつけるなんて、市丸隊長は本当に狡い男だ。

「ヒルトギは確かに色気ないねぇ」
「ええ。だから、今はお食事を」
「いや。ならこないしたらええんや」

 今が夜になれば、なーんも問題あれへん。急に真っ暗にされたら、視界を奪われて、逃げられなくなった。

「こんなら恥ずかしないやろ」

 耳元で囁くのは、もうやめて欲しい。甘過ぎて、頭がさらにくらくらする、ますます逃げられなくなる。頷くしかできない私。
 闇のなかで手を引かれる。何も見えない。縋るように指を絡めれば、やわらかく抱き寄せられて、身体は長椅子に沈む。
 目を閉じたまま腕をのばして、唇を探りあてる。もう、逃げる気はすっかりなくなっていた。

「しもた。ボクとしたことが、失敗してもた」
「え?」

 ちょっとだけ、待っててや。言いながら隊長は、灯りつける。仄かに、たがいの表情が確認できるかどうか。それくらいぼんやりした灯り。

「なぜ」

 見下ろしながら、口角をゆるりとあげる彼にうっとりと見惚れる。ここが執務室だということも、今が昼間だということも、忘れそうになる。

「キミのかいらしい顔、見られへんやん」
「…見ないで、ください」
「そうやって照れてる顔がたまらへんのや」

 布越しに肌を撫でる指の感触で、全身には鳥肌が浮く。唇を塞ぐ熱、ささやき続ける声のどうしようもない甘さ。
 きゅうっと唇を噛んで、もれそうな吐息を抑えつける。だめだ、溶かされる。

「そんな顔見せられたら、」
「……っ」
「もっと頑張りたなってしまうわ」
「副隊長が…もう」

 あおるつもりは、全くなかった。なのに、吉良副隊長の名前を出した途端に、隊長の表情が変わる。瞳を閉じたまま、唇が意地悪に歪んだ。

「またイヅルのことかいな、」

 荒々しく塞がれる唇が痛い。息ができない。

「ボクにヤキモチ妬かせてどないするつもりなん?」
 もっと攻められたいねや。

「ちがいます」
「アカンよ…いい子にしててな」
「……」
「唇も、そない噛んだらアカン」

 細い指先が、唇のりんかくをたどっている。帯はいつの間にか解かれて、足元に袴がすべり落ちる。ばさり、しずかな部屋にひびく音。

「心配せんかてええんやで。ちゃーんと結界はってあるから」
 イヅルに覗かれることもあれへんし。それとも、覗かれたかったん?

「いえ……でも、いまは」
「時間なんて関係あれへん」

 なめらかに開かれた胸元を、ざらり、なぞる感触。舌が、熱い。なのに、ぞくぞくと身体がふるえる。首筋を、銀色の髪がなでている。

「おとなしゅう言うこと聞き」

 ほら、おいで。ぎゅっと腰に食い込む指が、身体を引き寄せる。声で溶かされた私は、もう、意志のない人形。言われるがまま、隊長のむねもとに縋りつく。

「ほんならご褒美、ぎょうさんあげるから」

 このまま身体を委ねれば、先につづく行為はわかっている。なんども繰り返してきたけれど、なんど重ねても慣れない快楽。気の遠くなりそうな刺激の連続。
 なにかの術ではないかと思うほどに、押し上げられ、果てまで連れていかれる感じ。
 からだのあちこちを、生き物のように這いまわる白い指。確実にいいところばかりを攻める指。自分の声が、遠くでひびいている。

「キミのなか、ぬくいなァ」
「……っ」

 ぐい、と粘膜を押し広げる感覚は、いつも熱くてぞくぞくする。ぐちゃぐちゃになる。

「溶けてしもたらどないしょー」
「た、いちょ 」

 うごめきつづける身体。反りかえる背中。隊長のやわらかい声が、私の名を呼んでいる。溶ける。どろり、と意識が崩れはじめる。

「ギンて呼び」
「……ギ ン…っ」

 遠のく気を繋ぎとめるように、名前を呼ぶ。なんども。なんども。
 意識を失くしそうになりながら、それでも必死で目を開く。
 たった一瞬の彼を、見逃したくないから。飲み込まれる、そのときまで。



に溺れる

ちゃんと、ボクの目ぇ見て逝くんやで。
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