月夜の添い寝

 恋なんて。
 欲しく欲しくて堪らなくて、必死で焦がれているくらいがちょうどいい。
 誰かを誰かが独占してしまえるなんてのはまやかし。幻想。
 そんなに簡単に手に入るものは、たいして価値がないか、すぐに失われるものだけだ。

「欲しいと思う、欲しがってる。でも、手には入らない。入らないからこそ嬉しくて、だからやっぱりほしくなる」
「なんやねんそれ。けったいやなあ、禅問答か」
「私にとっての真子」

 真子の腕に預けた頭を、胸に擦り寄せる。汗と、真子の匂いの混ざり合った香りに、ぎゅうっと心臓を掴まれる。
 なんど嗅いでも、変わることなく心をざわつかせる香り。なのに、どうしようもなくホッとする匂い。

「またあおる気ィちゃうやろな?」

 情事後の甘くかすれた真子の声に、ふたたび心がざわざわと騒ぐ。

「違イマス」

 欲しいと思う、欲しがっている。欲しくて堪らない。でも、手には入らない。入らないからこそ嬉しくて、だからやっぱりほしくなる。
 真子は、簡単に手に入らないオトコ。飄々とした態度で、何もかもを見透かしているような、そんなオトコ。
 だから焦がれて焦がれて、いつも、いつまでも、欲しいと思い続けている。思い続けられる。たぶん、ずっと。私が消えてしまうまでは。

「さっきの続きかいな。独占欲がどうこう言う」
「ん…つい、ね。考えてしまう」
「そんなん、考えだしたらドツボ嵌るだけやで」
 わかっとるやろ、お前も。

 身体、と、心。姿、カタチ。
 命、魂魄、存在。
 人間だった頃も、死神になってからも、そして虚の領域に足を踏み入れてしまったいまでも、いつもいつも付き纏う感覚。
 目に映るもの、目には見えないもの。
 たとえば、何かが独占できるとして、それはいったいどちら側のものなんだろう。

「まだ何か考えとんのか」
 ええ加減にやめてまえ。

 窓の外から月の光が差し込んで、真子の金髪がきらきらと光っている。色素の薄い肌は、青白い。
 その髪なら、自分のものに出来るだろうか。自分のものに出来たとして、嬉しいと思えるだろうか。
 そこに真子の意識の入っていない、空っぽの身体があったとして。つまりはただの真子の義骸がそこにあったとして。それを手に入れられても、きっと、私はちっとも嬉しくはない。中身のない器なんて、最初から意味がないのだ。

「そうだね」
「せや」

 だとしたら、私が本当に欲しいのは、真子のなかにあるもの。真子の存在を形作っているもの。カタチのない、目には見えないもの。そして、それが滲み出た真子の表情、意志をもつ指先、腕、身体。匂いたつ香り、咽喉の奥からこぼれる低くてあたたかい声。網膜を通して私の像を結ぶ、真子の瞳。私を映す、琥珀の双眸。
 全部、なかに真子がいなければ、意味のないもの。

「それにな、」
「うん」
「お前の欲しがっとるモンは、とっくにぜーんぶお前のモンやで」

 せやから、あんまり悩みな。低い声が鼓膜に染み込む。
 むねもとに預けた頭が、ぎゅうっと包まれる。息もできないくらい強く、つよく。

「真子…」
「愛おしすぎて、頭ン中 可笑しなる 言うたやろ」

 魂の芯まで叩きこまれた、真子の想い。私の、私たちの想い。死ぬ気で乗り越えてきた、長い日々。飲み込まれそうになりながら、逃げだすことも出来なかった日々。
 何年も何年も重ね続けてきた、古くて新しい記憶。それらを前にしたら、誰かを独占するかどうかなんて、本当にちっぽけなことで。
 なのに、真子は目を眇めて涼しげに笑う。真子の指は、やさしすぎるやり方で頬を撫でる。

「お前を失う以外に、怖いことなんてなーんもあれへん」
「ん………」
「な。 安心して寝てまえ」
 寝られへんねやったら、もっとくたくたにしたろか。

「結構デス」
「なんやねん、そのカタコト。遠慮なんていらへんで」

 そのやわらかい表情を見ていたら、悩んでいるのなんてバカバカしくなった。

「お!やっと笑た。やっぱり、お前はその顔のほうがずっとええ」
「ありがと」
「別に礼言われるようなこと、してへんし」
 どうしてもお礼したい言うんなら、身体で払てや。それやったらいつでも受け付けたるでェ。

「エロ真子」
「そんなん今更言うなや。お前がいっちゃん良ぉわかっとるやろ」
「バカ」
「バカ言うな。せめてアホ言うてくれ」
「アホ真子」
「わざわざ言わんでもええって。傷付くやん」
 どの口や。どの口がそんなこと言うてんねん。

 そんな口、いますぐ塞いだる。鼻の頭をこすりつけて、啄ばむように下唇をそっと食まれる。両頬をするりと、あたたかい指先が辿る。
 やさしい。やさしい、指。
 さっきまでぎゅうっと固まっていた心は、もう、すっかりほぐれていた。

「………真子」
「なんや」
「ありがとう。もう、大丈夫」
「そーか」
「うん」
「ほな、お礼は身体で」
「バカ」
「バカ言うな、アホって…またさっきの繰り返しやないけ」

 そうだね。笑顔のまま、てのひらで真子の頬をなぞる。もう、大丈夫。見失ったりしないから。
 きれいな金髪の隙間に指をさしこんで、形の良い頭を固定する。
 真っ直ぐに視線を合わせて、瞳のずっと奥にある真子を見つめたまま、そっとそっと、ありったけの心をこめて、唇を塞いだ。



月夜の添い寝

俺は、お前のためやったら何だってできんねんで。って、何をクッサいセリフ言わせとんねん。照れるやんけ。でも、ほんまやけどなァ。
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