空虚の合唱

 人というのはどうして、永遠の愛だとか永遠の命だとかいうものを求めようとするんだろう。
 厳密に言えばいまの私は人ではないし、人だったころに比べればずっと長寿が約束された世界に生きている。

「ほら、頭。ここに乗っけてええで」
「はい」

 隊長の長い髪を踏まないように、そっと隣に寄り添った。
 彼との褥は、何度重ねても慣れない。毎回、目眩まじりで意識が遠のいて終わりを迎える。夢と現の狭間のような、心地よいまどろみに、飲みこまれそうになる。
 身体を重ねる行為自体には、すっかり慣れているし、隊長とこうなる前にも、ゆうに十指に余る男たちに抱かれてきた。なのに、彼はいままでのどの異性とも違う抱き方をするから。
 それだけ私が、どうでもいい男ばかりを選んできたということなのか、隊長が特別なのかは分からないけれど。
 今この瞬間を慈しみ、目の前の存在を慈しみ、身体の隅々から心の奥までを愛でるような触れ方。視線。
 心を絡めとり、身体の芯から何かを引き出すような、そんなやり方で愛された後には、馬鹿馬鹿しいと思いながら「永遠の愛」を求める人の気持ちが分かる気がするのだ。物事にはすべて、始まりがあれば終わりもあるものだと知っているのに。

「しんどないか?悪いなあ、無理させてしもて」
「いえ。大丈夫…です」

 むしろ、こんなに幸せでやさしい情事の終わりなんて、私は他に知らない。平子隊長以外には。ふっ、と微笑みを浮かべたまま、もう少しだけ身を擦り寄せた。

 終わり、始まり。
 きちんと終われない者には、きちんと始まることもできないのだと思う。始まりがいい加減であれば、それに続く終わりまでの過程だって、きっとそれなりにしかならない。
 私たちが人間としての生をきちんと終わりにしたうえで、この世界に生きているのだとしたら、何故、人間だった頃の記憶が残っているんだろう。まだ終わっていない、まだ続いている、そういうことなんだろうか。それが、この尸魂界に来てから、ずっとずっと、疑問だった。


「アホやなあ、ほんまにお前は」

 そう言って、掴んだ頭をぐらぐらと揺さぶられる。くしゃり、髪を絡めるきれいな指。顔を覗く双眸は、深く透き通る琥珀色。なにもかもを吸い込んでしまいそうな色。

「勝手に人の頭の中、読まないで下さい。平子隊長」
「べつに読んでへんわ。ぜーんぶ顔に書いてあんねん」

 人に顔色を読まれるほうではない、隠し事は得意分野。その自覚はあった。上手に嘘をついて笑う自信も。これまで何年も何十年もそうしてきたのだから、簡単だと思っていた。
 なのに、この人の前でだけはダメなのだ。何もかも、手に取るように読まれてしまう。それがいっそ心地いいとすら思う。

「うそつき」

 言いながら手で顔を覆えば、隊長の低い笑い声。くつくつと咽喉の震える音も、どうしようもなくやさしい。

「ああ、嘘や。でもお前のことなら分かってまう」
 そんだけいっつも良う見てる、ちゅうこっちゃ。

 いまさら顔を隠したところで、結局はなにも変わらない。つつ抜けなものは、つつ抜け。そのことにホッとした。

「可愛い顔、そない隠さんといて」

 俺の楽しみ減ってまうやん。あたたかい手に包まれて、顔から掌を引きはがされる。ニッと笑った隊長の口元から、白い歯がのぞく。それとは対照的に、真剣な瞳。細く眇めて私を見つめている。

「せやから、考えても無駄やて。なんべん言うたら分かんねん、お前は」
「すみません」
「あんまりそんなんばっかり考えてると、変な方向行ってまうぞ」

 あいつみたいに。最後に聞こえた一言は、よく聞き取れなかった。フリをした。

 永遠の愛を求める人。永遠の命を求める人。世界のすべてを手に入れようとする人。人の欲には限りがない。争いはいつも、その欲に端を発する。どんな小さな争いにも、根底にあるのは「欲望」だ。
 でもそもそも、その人たちが固執する永遠とは、世界とは、いったい、何だろう。

 一度現世で人間としての生を終え、因果の鎖を断ち切られた後に送られたここ、尸魂界でも、私たちは時間軸に縛られて生きている。
 遠く、長く、時間すら超越して果てしなく果てしなく続くもの。「永遠」に、本当に意味はあるんだろうか。私たちがここで死神としての生を全うして、死んで、霊子化するというのは、それでやっと「終わる」ということ?

「ほんまに分からんやっちゃなあ」

 眉をひそめていたら、ぎゅうっと抱きすくめられた。温かい。自分とは違う、肌の温度。たしかに彼は、ここで生きている。

「怖い…んです。多分」
「なにがやねん」
「続くこと、終わること、ここにいること、」
 数え上げれば、キリがなくて。

 本当は、自分が何を怖がっているのかすら、良く分からないのだ。分からないものに怯えていること自体、怖くて堪らない。恐怖の対象の正体を掴めないことが、一番おそろしい。
 結局は果てにはなにもないんじゃないか、身体も消えて、心も消えて、彼も私も消えて、すべてが虚空に沈む世界。


「考えたら考えるだけ、コワなんねん。前にも言うたやろ」

 包まれた身体からは、どくん、どくん。鼓動を感じる。髪に触れる長い指、視界の端に映るきれいな金髪、聞こえる低い声。

「考えんと、このまま寝てまえ」
「はい」
「先なんていくら読もうとしても見えへんし、明日がどうなっとるかなんて誰にも分からへん」

 隊長の胸にすっぽり収められたまま、黙って頷く。頭のてっぺんにやさしい口づけ。

「せやけどきっと明日は来る。来えへんかっても、今はこの世界で生きるしかしゃーないねん」

 せやろ。やわらかい声が、私の中に染み込む。じわじわと。
 何度もなんども同じ所を堂々めぐりする思考は、いつも隊長のたった一言で、すとん、と消えていく。

「寝れるか?」
「…はい」
「ほな、おやすみ」

 そっと一度、唇をふさがれて、それだけで強張った心がゆるんでいる。肌に触れる熱よりも、もっともっと温かいものが、そこから注がれたような、そんな感じ。

「ええ夢、見てや。俺の腕で」
「おやすみなさい」


の合唱
そんでもまだ怖い言うんなら、俺が死ぬまでお前の傍におったるから。そんでええやろ?
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2009.10.30
視線を交わらせて左手の情景のふたり
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