泥棒つかまえました
今日はやけに廷内が浮ついてやがるなと思っていたら、草鹿副隊長にぺしんと頭を叩かれた。
「つるりん知らないんだぁ、遅れてるね」
「なにをすか」
「みーんなあんなにソワソワしてるのに。ほら剣ちゃんだって」
「………?」
「いつもより髪型ビシッとしてるでしょう!気付かないの?」
「全然」
そう言われればそんな風に見えなくもないが、俺にはさっぱり訳が分からねえ。弓親はと目を泳がせれば、いつになく沢山の女どもに囲まれていた。
「なんすかアレ」
「だからつるりんはモテないんだよ」
訳知り顔で諭す副隊長に怒ったところで仕方ない。それより隊長すら知っていることを自分が知らない事実に愕然とする。
「…何か新しい敵でも現れるとか?」
「バッカじゃないの?」
「でも闘いしか頭にねえ十一番隊の皆が浮足立つ、つったらそれ位しか…」
「うーん、でもある意味闘いかもね」
さっき俺をバカと罵った口が、今度は逆のことを紡ぐ。さっぱり分からねえ。闘いじゃないけど、ある意味闘いで、男も女も揃って浮足立つこと?
「じゃあアタシも忙しいから行くね」
「ちょ!待ってくださいよ」
「頑張れ、つるりん〜」
呼び止める声も虚しく、副隊長は嵐のように去って行った。頑張れと言われても、何のことだかさっぱり分からない以上は、手の打ちようがねえ。はあっとため息をついてしゃがみ込めば、後ろからまたぺしんと頭を叩かれた。
「俺の頭は玩具じゃねえっすよ、ふくたいち……ってお前か」
「あんまり一角が情けない背中さらしてるから、つい…ね」
「あー、ちょっと悩んでてよ。闘いじゃないけど、ある意味闘いで、男も女も揃って浮足立つことってなんだ?」
「なにそれ、謎々?」
すとん、と隣に腰を下ろしたのは院生時代の同期で同じ十一番隊の席官。飾り気のないさっぱりした性格が付き合い易い女だ。
「ほらよ。今朝からずっと廷内が騒がしいじゃねえか」
「あー…だったらもしかしてコレ?」
一角に渡そうと思って探してた。そう付け加えて手渡されたのは甘ったるい匂いのする妙に女っぽい箱。受け取る際に見えた手が、自分の掌より随分小さいなと思ったら、胸が跳ねた。
「なんだ…コレ?」
「それを私に聞くかなァ…」
「…………」
「そんなんじゃ一角モテないよ?」
じゃあね。とやわらかい笑顔で背を向ける彼女をぼーっとしたまま見送ると、弓親の元へ走った。
「おい!今日ってヴァンダレイとかなんとかって日だったか?」
「それボクサーの名前。ヴァンダレイじゃなくてヴァレンタインだけど」
「女が好きな男になんか渡すっつう現世の祭だよな?」
「ああ。どうしたのさ、いつもより血の気の多い顔して。怖いよ?」
「アイツ…アイツにお前も貰ったか」
「いーや。彼女、勝負はつねに一対一であるべきだから本命にしか渡さないとか言ってたと思うよ。まさに、」
女のカガミだよね。義理チョコなんて大量に貰ったら三倍返しとか下らない習慣があるから男が大変なだけだし、お返し前提の贈り物なんてあまり美しくないと僕は思………って一角!?
弓親がまだうんちくを垂れ流してる声が聞こえていたが、そんなモンにゃもう構っちゃいられねえ。踵を返して走り出す。
「ったく、粋な喧嘩の吹っ掛けかたしやがるじゃねえか。三倍返しどころじゃ済まねぇぞ」
こっからが本番。他の男どもは誰も手ェだすんじゃねえ、こいつは俺の闘いだ。
さっき離れたばかりの彼女の霊圧を辿り、夕陽を浴びる細い背中をみつけると、後ろからぎゅうっと乱暴に抱き着いた。
泥棒つかまえました一瞬で心を盗まれるとは思わなかった。