夢の続き

 抱きしめた身体の細く頼りない感触が、まだ腕にしっかりと残っていた。名前を呼ぶやわらかい声も記憶に刻まれたまま。あのあと俺は何をしようとしたんだろう。
 窓の外に満ちる陽を見ながら今朝の夢を他愛なく思い出していたら、「おはようございます」とお決まりの挨拶を連れて、部屋に張本人が現れた。


「どうかなさいましたか、平子隊長」
「や…何もないで。おはようさん」

 口をアホみたいにぽかんとあけたまま数秒間固まっとったくせに、何もないで てなんやねん俺。不自然にも程があるやろ。
 本当は、おはようございますと背中から声が聞こえた瞬間に、胸の奥が軋んだ。振り返って彼女の顔を見たら目をはなせなくなった。

「お茶でも入れましょうか」
「………せやな」

 いつもの俺やったら、ここで"おおきに、今日も気ィきくなァ"とか、"いっつも別嬪サンやなァ、顔きれい子ォは心まで優しいねんや"とか、いくらでも軽口が出てくんのに、今朝はさっぱりアカン。余裕あれへんわ。
 無駄にドキドキするばっかりでろくな言葉も出てけぇへん。変に緊張しすぎて、口ん中まで渇いてきよった。

「顔色、良くないですよ」

 無防備に顔を覗き込まれて、さらに胸の奥がぎゅうっと搾られているのは、別に今日がバレンタインだからではなくて、ついさっきまで見ていた夢のせい。
 滅多にそんなもの見ないのに、夢の中では彼女と俺がやけに睦まじい姿だったから、急に彼女のことが気になって仕方なくなったのだ。

「そうかァ?」
「ええ」

 現実では隊長とただの席官にすぎひんのに、俺も単純なやっちゃなあ。夢に引きずられてんか?アホや――

「気のせいちゃうん?」
「いえ、そんなことないです」

 絶対いつもより赤いですよ。と言葉を続けながら、彼女の手の平がひたり、額に押し当てられる。柔らかく冷たい感触の向こうから、不安げな眼差しが俺を捉えればなおさら動けなくなった。

 ――いつもより。
 彼女が何食わぬ顔でこぼしたその台詞だけで、普段からそんなに良く見てくれていたのかと口元が緩む。触れるために近づいた彼女からは甘い香り。

「熱はないみたいですけど」
「しゃーから言うたやろ、気のせいやって」
「でも……」

 離れていく手首を、つかまえることもできず視線の端で追いかける。
 ほんまは自分でも分かってんねん。夢にみたから気になったんやのうて、そもそも気になっとったから夢に出て来たんやっちゅうことくらい。
 ほんで、夢に出て来たらますます気になってしもた。気になると思て見てたら、いつもより顔も声も可愛い感じて、余計に気になる。チョコレートみたいなモンべつに好きちゃうのに、貰えるかどうかが気になってしゃーない。
 卵か鶏か言うなら、どっちがどっちなんやろ。おかげでこないに胸が痛ァてかなんやん、責任とれや。

「でも、なんやねん。今日は休んだほうが良かったんけ?」
「いえ。それは困りますけど」

 困るってなんや、バレンタインの日やからって都合よう解釈してまうど?それとも全然違う意味で彼女は言うてんねやろか。探るようにじっと瞳を見据えたら、するりとさりげなく反らされる。

「……お茶入れてきます」

 はっきり確かめるには臆病で、それでもじっとしていられなくて。

「ちょ、待てや」

 背を向けて歩み去る彼女の腕を捕まえると、後ろから強引に抱き着いた。

「隊長?」
「勝手に出て来んといてくれや」
「……え?」
「俺の夢に出て来たやろ。あんなんされたら困んねん」

 餓鬼っぽい屁理屈をこねる自分がひどく滑稽だと思うのに。夢の中よりもずっと柔らかい身体に、心臓がバクバクして。一度抱きしめたこの腕を離せそうもない。

「すみません」

 言ってふわりと笑った彼女が、腕の中で向きを変えるから、至近距離で視線が交わる。近くで見ればなおさら胸が騒いで、何を喋ればいいのか分からなくなった。


「ほんまに悪いと思てんなら、さっさと俺のチョコ出せや」
「……っ!な、」
「あんねやろ?」
「そんなねだり方、初めてです」
「俺かて初めてや」

 くつくつと笑う彼女に見とれている時点で、完璧俺の負け。

「はいはい、なんぼでも笑たらええわ!欲しいモンは欲しいんじゃ、ボケ」
「子供みたいですよ」

 無理矢理抱きしめて、見つめ合って。それでも藻掻こうとも目を反らそうともしない女が愛おしい。

「しゃーけど、義理やったら受け取ったれへんで」
「さあ、どっちでしょうね」

 なかなか小憎たらしいこと抜かしよるやんけ、その口も。


「藍染さん、入らへんの?」
「いまちょっと隊長がお取り込み中なんだよ、ギン」
「お取り込み中てなんやの、そんなん聞いたらボク余計気になってまう」
「ダメだよ。今日はバレンタインだからね」
「ああ、勇気あれへん男女のための現世の風習やね」
「しぃ――…、ギンもまだ殺されたくはないだろう?」
「それはいややなァ」


 扉の向こうから聞こえる声を無視したまま、もう一度きつく彼女を抱きしめる。会話は彼女にも聞こえているはずだ。
 そういえば五番隊に"バレンタイン"なる現世の風習について吹聴したのはたしか惣右介やった。せやなかったら、俺かて今頃こんなじりじりしてへんのに。


「じゃあじっとして。隊長が、やっと……なんだから」
「やっとて、もしかして?」
「ああ、やっとだ」
「ほなもう焦れったい想いせんですむんやなァ、ホッとするわボクも」


 にしても惣右介もギンも、やっと てなんやねん。俺の気持ちバレバレやったうえに惣右介に上手いこと乗せられたっちゅうことか。しかもギンみたい餓鬼にまで心配されとるなんて恥っずい男やのう、俺――


「隊長こそ、いつも私の夢に無断で登場してるのに」

 内心焦る俺の気持ちも知らず、また小憎たらしいことを抜かす彼女に、口の端を歪める。
 なんや、結局自分も俺と一緒やったん?ほなもう遠慮はナシや。

「ほんま?俺、ギャラ高いで」
「ギャラって……?」
「出演料はきっちり頂かんとなァ」
「だったら私 も、っ!」

 しゃーないから、今はこれで勘弁しといたるわ。見上げる額の生え際に、そっとキスを落とした。



の続き

今朝の俺の夢、どんなんやったか 後でじっくり教えたる。
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