婉曲的告白
「なぁ、ボクとデートせえへん?」
軽すぎる誘いに、肩を抱く慣れきった仕草。それでも避けようという気が全く起こらない理由は、自分でも分かり過ぎるくらい分かっている。
釣り合わない二人だなと自嘲しつつ長身の市丸隊長と並んで歩く。頭の中は空っぽで、何か喋らなければと思うのに、ロクな言葉も浮かんでこなかった。
「趣味?人間観察かなァ」
ベタすぎる質問にそう答える隊長をまともに見れず眼を反らす。そんなことはとっくに知っていた。だって三番隊の女性隊士のほとんどは隊長のファンで、例にもれず自分もそう。瀞霊廷通信等で明らかにされた公式データならば、隊長の好物や嫌いなものまでしっかり頭に入っているのだから。
「面白いんよね。ずーっと見てたら、ヒトって不思議に見えるけどほんまは不思議でもなんでもなくて」
「へえー……」
「どんなことにもちゃあんと理由があって、不可解な行動なんていっこもない」
「そうですか」
趣味は人間観察と公言する彼に、恐怖を感じたのは後ろめたいからだろうか。何もかもを隠さずさらしているようで、その実何にも見せてはくれない彼。その彼に、私のほうは全てを覗かれているのかと思えば怖くなった。今の緊張も、隊長への想いも。
「そやねん。もちろん今日ボクがキミとこうして歩いてんのにもちゃーんと理由あるんやで」
聞きたい?そう問うて首を傾げる隊長を見上げる。聞きたい、けれど、聞きたくない。どう返事をすべきか迷っているうちに、隊長は言葉の先を続ける。
足元では乾いた砂がさらさらと音を立てていた。
「例えばな、毎日吠えとるイヅルもアレで精神バランスを保ってんねんよ」
「バランスを、ですか」
「そ。イヅルは内に溜めこむタイプやさかいな、」
ボクが引き金になって叫ばしたらんと溜めこみ過ぎて壊れてしまうねん。だからワザと仕事サボってスイッチ入れたげてんのやけど、アイツは全然気ィついてくれへん。そう言って肩を竦める隊長は、優しい笑顔。
「それでええんやけどね」
「………」
「ボク、部下想いやろ?」
「そうですね」
「せやけどな、」
そこで一旦言葉を切って、隊長がすこし息を呑む気配。
「……キミん事だけはよう分からん」
それまで上の空で聞いていたのに、その一言にはただならぬ雰囲気を感じて、口を挟まずにはいられなかった。
「でも私、そんなに複雑な人間じゃないですよ」
苦笑交じりで答えながら、心のどこかでホッとする。私の中身を、全部覗かれている訳ではないんだ、と。
「せや。人間なんてみーんな単純にできてるモンやから」
「だったら…」
「感情に直結した行動。その単純な動きを見てんのが楽しいんに」
丁寧かつ慎重に吐き出される隊長の言葉の意味がわからない。落とした視線の中で、私より随分大きな隊長の草履が目に入って、それだけでドキドキする。
「せやのに、君の事だけはいくら見てても分からへんねん」
なんでやねやろ?本当に不思議そうな表情。一体どういうことだろう、私のほうが聞きたいくらいだ。
何年も何年も飽きるほど長い間色んな人間を観察してきた隊長が、私の事だけは分からない?
同じテンポで歩幅を刻む足。随分背の高い隊長と歩みが揃うのは、彼がさり気なく私に合わせてくれるから。やさしい足元をしばらく眺めて、黙ったままの隊長の方を見上げれば、カタチ良い唇からほうっとため息が吐き出された。
「ホンマ、神様って意地悪や」
「え?」
「別に分かりたない奴のことは腹の底まで見せるくせに、一番分かりたい女の事は見せてくれへんなんて」
「!」
「でもな、」
分からへんから一緒におりたいし、分からへんからもっと分かりたいて思てまう。
「それが、キミをデートに誘た理由」
肩からするりと手の平に移った隊長の指は、しっとり汗ばんでいた。
婉曲的告白OK言うてくれた瞬間、ほんまは口から心臓飛びだしそやってん。