ただ強く、ねぇ強く
お前が我が儘なヤツや言うことは分かっとった。それこそ痛いほどな。
しゃーけど……これはあんまりちゃうんけ? 物理的に痛すぎや。
「真子のせいで、私の美人度がだんだん削られるじゃない!」
「は?」
後ろから聞こえた声に振り向いた途端、スパーンてエエ音立てて鼻を殴りよった。ある意味この女、ひよ里よりずっとタチ悪いんちゃうやろか。朝会うて顔見た瞬間、眉をしかめながらパンチて。どこの通り魔やお前は!
「痛っ、なにしてくれてんねん」
「パンチ、ですけど」
「あーはいはいアレな。子熊みたいでかわいらしいて、全身が白うて、目ェの周りと耳と手足が黒い、笹食べる動物な………って、パンダや!」
「……ノリツッコミ、レベル低っ」
「煩いわ!」
俺も自分でイマイチ切れ悪いなァ思てたっちゅうねん、そんなんやったらさっさと止めろ。まだ寝起きでお笑い細胞が覚醒しきってへんねん。しかも意味も分からんままパンチされて、鼻血流しながらボケてんねんど。もっと生温う見守ってくれや。
「どうしてくれるの?」
「どないかして欲しいんは俺の方や」
「真子のバカ、ハゲ、真性サド!」
「なんやねん朝から騒々しいなァ。朝はまずおはようやろ?」
「おはよう、ボケ!」
「おはようさん……で、理由は何や」
美人度下がるて急に言われても、訳わからんねんて。
「話きいたるから、さっさと保健室ついて来い」
「なにその偉そうな命令口調」
「お前のせいで顔面血だらけやねんから、そんくらい我慢せえや」
「もともとは真子のせいなのに?」
「なんでやねん」
「なんででも!」
「しゃーからそれを分かるように説明してくれ言うてんねや」
どっちにしろこのまんまやったら授業なんて出られへんし。片手で鼻を押さえたまま、あいた手で彼女の手首を掴むと、教室を抜け出した。
「ほんで、美人度がなんや?」
「下がる」
「そら大変やなあ、それ以上下がってもたら目もあてられへんやん」
――バシッ。
「イッター!ほんまのこと言われたからて、怒ってもしゃーないやろ?」
「煩いなァ。これでも真子の知らないトコで結構モテてるんです」
知らん思てんのは、お前だけや。俺が気ィ付いてへん訳ないやろ。毎日まいにち、お前のことばっかり見てんねんから。誰にいつどこで告白されたか、いちいちストーカー並にきっちり覚えとるわ。ボケ。ええ加減俺の熱視線に気付けっちゅうねん。
ほんま、我が儘なうえに鈍感なやっちゃなァ。
「世の中、物好きも多いんやなァ…蓼食う虫も何とやらいうヤツか」
「ひどっ」
「酷いんはどっちや、いきなりパンチしやがって。おかげ歯ァ出てもうて、せっかくのイケメンが台なしやんけ」
「元から真子は台なしですー」
「ひどっ」
「ていうか自分でイケメン言うな!」
着いた保健室は無人で、「ほらそこ座って」と彼女に言われるまま、椅子に腰掛ける。薬箱を取り出す彼女の背を見つめ、床を蹴って座面をくるくると回す。
「うっさいわ、だーれも言うてくれへんから自分で言うとんのんじゃ」
「バカ」
じっとして…子供みたいに椅子で遊ばないの、治療できないでしょう?事務的に言いながら、彼女の指が俺の顎を支える。
「バカ、言うな」
「んじゃ、アホ」
「アホ言うモンがアホや」
「アホ言うモンがアホ言うモンがアホなんですー」
「アホ言うモンがアホ言うモンがアホ言うモンがアホや、ボケ………て、終わらへんやんけ」
「ホント真子は煩い」
ぶつぶつ言いながらも流れた鼻血を拭って、手早く擦り傷の処理をしてくれる彼女は、すこしは反省しているのだろうか。
「お前には負けるわ」
「私の方が負けます」
「ほんま引かへんやっちゃなァ」
「はい、終了」
ピン、鼻の頭を指先で弾かれて咄嗟に手首を捕まえる。鼻血はもう止まっていた。
「ほんで?」
「…………」
「俺がなにしてん」
そう言いながら、いつもよりぐっと顔を近づけて。驚きで見開かれた大きな瞳をじっと見つめる。
「真子……ち、近い」
「ええから、早う言えや」
「なんか胸がどきどき…」
「そんなん知らんわ」
つられて俺までどきどきするやんけ。この天然女。
「……夜更かしは美容の大敵っていうじゃない」
「………は?」
「最近、あんまり眠れなくて」
「それと俺と何の関係があんねん」
「大アリですっ!いつもいつも夢に真子が出て来て私の安眠を妨害するの」
「…………」
いっつも夢に出てくる言うたら、フツーはその相手のことが気になっとる言うことちゃうの?せやから今も、どきどきしてる。そういうことやろ?
「悔しいから寝ないで起きてようと思ったら、頭に浮かぶのは真子のことばっかりで。起きてても寝てても真子真子真子、おまけに学校来たら朝から間抜け面晒した真子が目に入るし」
「おいおいおい、間抜け面て……」
「真子の腑抜けた姿見てたらやたら胸が痛くて、そんな自分に苛々するし」
「……間抜けの次は腑抜けかい」
「おかげでこっちは睡眠不足なの!もう肌も心もボロボロなんです!」
「はあ……」
俺は突然お前にそんなん言われて心臓バクバクやけどな。さっきまで痛かったんもすっかりどっか飛んで行きよった。
「真子、絶対なんかいかがわしい黒魔術とか使ってるでしょ」
「使てへんわ、アホか」
「じゃあ、なんで……」
なんでて、お前。鈍い鈍い思てたけど、いくらなんでも鈍いにもほどがあるやろ!さっきの台詞、ほとんど告白みたいなモンちゃうんか?それも全く気ィ付いてへんのか。
ほんま、難儀なやっちゃなァ。
「それ、なんでか知りたいやろ」
「……うん。出来れば対処方も」
真子、わかるの?首を傾げる彼女をぐい、引き寄せて。
「わかるで」
すっぽりと腕のなかにおさめて。動けなくなった耳元に、飛び切りよそ行きの声を注ぎ込んだ。
「多分お前、俺に惚れてんねん」
「………っ!」
「ほんで、俺もな」
ただ強く、ねぇ強く抱きしめてくれたらそれでいい。
(毎晩、抱き枕になったろか?)
(………余計寝れません。却下)