おいしいシチューの作り方

 二日目の煮込み料理にことことと火を入れながら、湯気をたてる鍋のなかを覗き込む。

(昨日より美味しくなったかな)

 ぽつり、独り言を呟いたら、これ以上ないくらいしまりのない顔でテレビの画面を見つめながら、片肘をついて寝そべっていた真子が興味なさげに相槌をかえした。

「まあ、そうちゃうか…」

 その声にこっそり微笑みながら煮立つ鍋をかきまぜる。いいにおいが部屋中を満たしていた。

「いや、やっぱ無理やな」
「え?」
「昨日より美味くはならへんわ」

 でもね。カレーでもシチューでも、煮込み料理とカテゴライズされるものは全般的に、一晩寝かせたあとのほうが美味しいって言うでしょう。なんでいまさらそういうこと言うかなあ。べつに「美味しい」でいいじゃない。

「どういうこと?」
「そんなん決まっとるやんけ」
「いや。わからない」
「そんなんも分からへんのか、まだまだやな」

 馬鹿にするように鼻で笑われて、火をとめるとそっと真子の後ろに立つ。無言のままぷつり、リモコンでテレビを消してやった。もちろんそのままリモコンは後ろ手に隠した。

「何しよんねんお前は」
「消した」
「ちょうどオチの寸前やってんぞ、早よ点けえ」

 座ったままの真子が私の後ろに手を回すから、右へ左へとリモコンをふらふらと泳がせる。
 しまいに両手で攻められて、腰に抱き着かれるような姿勢でフローリングにぺたっと倒れ込んだ。真上には真子の顔。金色の髪がさらさらと揺れている。

「なにふざけとんねん」

 右手に持ったリモコンを今にもとられそうで、そのまま勢いつけて床を滑らせる。
 立ち上がってすぐに取りに行くかと思ったのに、両腕を押さえたまま真子は微動だにしない。私をまっすぐ見下ろしたまま唇を歪めるから、すこし怖くなった。

「り、りもこん…いいの?」
「もうええわ」
「オチ、終わるよ」
「ええ言うとるやろ」
「でも」
「それより何を怒っとんねん」
「だって、昨日より美味しくないって言うから」

 見つめられるのに堪えかねて、すうっと目をそらせば、「アホか」と笑われた。

「アホじゃないし」
「勘違いすんなや」
「え?」
「昨日の美味しさでアッパーや、っちゅうてんねん」

 なんですか、それは…。と思っていたら、ぐっと顔を近づけて首元に鼻先を埋めた真子が低い声で言った。

「あれ以上に美味ァなるなんて無理いう話や。ボケ」
「……バカ」
「褒めてんねんから素直に喜べ」
「………いや、それむしろバカにされてるようにしか聞こえないから。絶対そうだから。アホ真子」
「ほんま、捻くれたやっちゃなあ」

 そう言って笑うと、真子は耳たぶをゆるく噛んだ。

「いたい」
「痛ないやろ、照れんな」

 うるさい。少なくとも捻くれかただけはぜったい真子よりマシだし。自信あるし。褒めるならもっと普通に素直に褒めろバカ!
 心のなかで毒づきながら、目の前の肩に噛み付いた。

(なんや。さきに俺食いたいんか、しゃーないなあ)
(ちがう。バカ!)


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