四畳半の夢

 身体中に鉛を詰められたように、手足も頭も腰もずんと重たい。その理由が、一週間のハードワークのせいばかりではないと気づいて、むず痒い幸せに頬を綻ばせた。
 きらきらの金髪男に一晩中翻弄されたから。くっついたように重いまぶたの向こうで薄く透ける陽の光が眩しい。
 幸せな疲労感。
 覚醒途中のまどろみのなかで、まだ身体に残る感触を思い出していたら、小さく名前を呼ばれた。ような気がした。

「……ん」
「早う起きィ言うてんねん」
「しんじ…?」
「他に誰がこない朝っぱらからお前起こすねん」

 それもそうだ。緩んだ頭のまま真子の首筋を探り当てる。両手を首裏で絡めれば、そっと半身を抱き起こされた。額の生え際に優しい唇の感触。

「珍しいね、私より早起き」
「たまにはええやろ?」
「…ん」

 眼を閉じたまま真子の首筋に顔を埋めれば、耳元にふわっと息がかかる。あたたかい風が髪をゆらした直後に、低い声が鼓膜を柔らかく撫でた。

「おはようさん」
「…はよ、真子」
「飯出来とんで」

 耳たぶを啄む感触に首を竦め、美味しい匂いに鼻をひくつかせる。

「いいにおい」
「せやろ。さっさと起きひんかったら、料理冷めてまう」
「りょうり…?」
「フルコース作んのめっちゃ苦労してんからなあ、さっさと起きィ」

 そう言って頬にキスされて、慌ててぱちりと眼を開いた。夢じゃないだろうか、朝からフルコースってなにか変だ。ものすごく幸せ…だけど。そんなことをして貰える覚えが全くない。

「真子?」
「おー、起きたか」

 ニヤリといつも通りの笑みを浮かべた真子は、私にぴったり寄り添って寝そべっている。さっきまで抱き起こされて、二人ともベッドに座っていたはずなのに。

「えっと…」
「おはようさん」

 何かちょっとおかしいなと首を傾げれば、昨夜の名残をのこした剥き出しの上半身が眼に入って、慌てて目を伏せた。

「何をいまさら照れてんねん」
「で、でも…」
「散々エロいことしたくせに」
「……っ!その格好で、」
「別に珍しいことないやろ?」

 それ以上下手な言葉を続けると会話の流れて行く先が見えるようで、慌てて口を噤む。それよりもフルコースだ。朝から真子が食事を用意してくれること自体珍しいのに、よりによってフルコースなんて。解せない。

「なんでそんなに優しいことしてくれるの、朝から」

 ん?と私の顔を覗きこみながら、真子が口角を吊り上げる。寝ぼけた目で見ても、眼を瞑りたくなるくらい艶めいた表情。

「まあ、もう朝っちゅう時間やないけどなあ」
「え…」
「11時すぎ」

 しっかり可愛い寝顔堪能さしてもろたわ、と歯の浮くような台詞をさらりと吐かれたら、顔を背けたくなった。考えを読んだ指に顎を捉えられ、真子の眼にまっすぐ見据えられる。寝起きの脳には刺激的すぎる瞳が、愉しげに歪む。

「ほんで、そんなんて何や?」
「フルコース作ってくれるって。なんか後ろめたいことでもしたのかなって、」
「は?」

 呆れたような短い呟きに、朝にしては眩しすぎる日差し。不審げに一瞬だけ顰められた眉を見て、さっきのは夢だったのだ、とやっと気づいた。

「ご飯…作ってくれて」
「ない」
「………ですよね」
「寝起きから何を寝ぼけたこと言うてんねん、ボケ」

 寝起きだからこそ寝ぼけてるんじゃないかとツッコミたかったけど、やめておく。だいたい、おかしいとは思ったんだ。真子が器用なことは知っているけど、滅多に料理をしない彼が突然フルコースって、そんな微妙さがいかにも夢っぽいじゃないか。

「……夢、か」
「そうみたいやなぁ」
「がっくり」
「それより俺、たいがい腹減ってんけど。なんかさっさと作れや」
「……はい」

 相変わらずの横柄な物言い。それでこそ、彼。重たい身体を引きずり、素直にごそごそと布団から出ようとしたら、するり、腕を掴まれた。

「あ!ちょ、待ち」
「お腹空いたんでしょう?」
「そら空いたけど…さっきの‘何か後ろめたいこと’てどういう意味や」
「え……あ、あれは」

 寝ぼけていただけで、深く考えもせずに口からこぼれ落ちた台詞で。実際に真子が何かをしたと疑っている訳ではないのに。

「聞き捨てならん台詞やなぁ」

 完全に面白がっている顔で、掴まれた腕を強く引かれれば、一秒後にはまた真子の腕のなか。

「………」
「どんな夢見とってん」
「別に、たいした…」
「へぇー…ほな、じっくり聞かせて貰おうやないかい」
「話すほどのことは…」

 呆気なく身体を反転されて、真子の身体がのしかかる。剥き出しの胸と胸がぴったりとくっついて、まだ霞んだ五感が、ぞくりと一斉に反応する。

「…しん じ、重たい」
「あかん。なんやスイッチ入ってもたみたいや」
「………!」
「お前のせいやで」

 なんだその目茶苦茶な理屈、と思ったけれど、避ける気にはならなくて。真上に綺麗な真子の顔、二人を隠すさらさらの金色の膜。胸から伝わる鼓動のやさしいリズムと肌の熱。

「そんな顔見せるお前のせい」

 しゃーからお前のスイッチもすぐ入れたんねん。そうこぼして、不敵な表情のまま近づいてきたくちびるを、そっと受け止めた。


四畳半の夢
やっぱり飯より先に、フルコースでお前を料理したるわ。
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