なにしとんねんボケ
『遅くなってごめんなさい、晩御飯もうたべた?真子がなにか要るなら買って帰るけど。』
そんな味気ないメールを送って数分後。終電間近の車内に響く静かなバイブ音で寝てしまいそうなところを起こされて、開いた画面には新着メール一件の文字。
「…!!?」
何気なく受信ボックスを開いた私は、そこにならんでいた言葉に思わず瞬きを繰り返した。
『貴女がいるならいらないです』アナタガイルナライラナイデス。あまりに予想外な文字が並んでいたので、何故か悪いことをした気分になって慌てて画面を閉じる。
――なにあれ、誰から誰あて?真子…から、私だよ…ね?嘘!?
深呼吸を繰り返し、携帯を握りしめる手のひらがしっとり汗ばんでいる。アナタガイルナライラナイデスって、私が居るなら他には何も要らないってこと?クサすぎる。
再び携帯を開いてみる勇気がでるまでに数分を要し、やっとのことで恐る恐るディスプレイを覗いた。
『貴女がいるならいらないです』――ドキュン!差出人の名はやっぱり真子だ。From:平子真子の文字をまじまじと見据えるけれど、いくら見つめ続けてもそこに刻まれた四文字が変わる気配はない。
なにこれ相手間違えたとか?からかっているだけなのだろうか。それとも、本気 とか ないないない有り得ない。
もしかしたら、少し酔っている自分の読み間違いかもしれない。今日の私は自分で思っているより酔っ払っているのかと、何度も何度も読み返してみたけれど、そのたび飛び込んでくる文字列は同じ。
『貴女がいるならいらないです』 短くてさりげない文面に打ちのめされる。
急にアルコールが回りはじめたのかぼんやりする頭と覚束ない指で『わかりました』とそれだけ打って、送信ボタンを押したのはもう最寄駅に着く直前だった。
いったいどれだけ動揺してるんだろう私。でも急にこんな意外なことをしてくる真子が悪いんだ、私悪くない。絶対悪くないから。帰ったら文句言ってやるんだから。
良く分からない言い訳を繰り返しながら滑り込んだホームへ降り立てば、心の波を映すようにヒールの音がいつもより不揃いに響く。
まるでふわふわの綿の上を歩いているようで。どんな顔して真子を見ればいいんだろう。いったいどういうつもり?どうせまた動揺してる私をみて大笑いとかするんだアイツは、ってぶつぶつ呟いているうちに、あっという間に家に着いている。
こんな日に限って家路がやけに近く感じるのは神様の悪戯だろうか。機械的にドアに鍵を差し込む瞬間まで、結局なにも心の準備なんて出来なかった。
「おかえり、お疲れさん」
「……なにあの殺し文句」
「は?何言うてんねん、ボケ」
とりあえず噛み付くように毒を吐いて、でもやっぱり顔なんてまともに見れなくて。
「メール。敬語とかやめて」
「俺はいっつもメールでは丁寧やし敬語やないか!アホ」
「いつもじゃないし。なんのつもり?電車内で不審者になりかけたじゃないかバカ」
「バカて使うな言うてるやろ」
てか不審者て何やねん、別に俺フツーのことしか言うてへんやんけ、訳分からんわ。そう言いながら自分の携帯をパカッ、無造作に開いた真子がぴたりと動きを止める。
「………うっ、打ち間違いや。単純な打ち間違い!予測変換の罠っちゅうやつやアホ」
「………」
「貴女が要らないなら〜て打ったつもりやってん、都合のいい勘違いすんな!この自意識過剰女」
「………やっぱり」
「せや!俺がこんな痒いこと言う訳ないやんけ」
「ですよねー」
『貴女がいるならいらないです』は、貴女が居るなら(他には何も)いらないです、ではなくて、貴女が要らないなら(食べ物は何も)いらないです、という意味だった訳で。
真相を知ったら、何だかやけにホッとして笑いが込み上げる。
だけど。目の前でちょっと慌てている真子の姿があまりにレアで面白いから、たまには少しくらい意地悪してもいいんじゃないかな、神様いいですよね。
私を不意打ちでドキドキさせやがったせめてものお返し…!
「ちなみにしっかり保護かけて保存させていただきました」
「ばっ…!あ、阿呆かお前!さっさと消せや」
ただの打ち間違いや言うとるやろ、このハゲが!そう言いながら伸びてくる真子の腕をさっと払えば、しっかり手首を掴まれる。
「じゃあ何でそんなに慌ててるんですか真子くんは…?」
「こら!ええからそれこっち貸せ」
「やだ」
首根っこを後ろから捉えられじたばたと藻掻きながら、彼の耳たぶが染まっている所だけはしっかりこの目に焼き付けておこうと思った。
なにしとんねんボケ恥ずかしいことすんなっちゅうねん!あとで覚えとけよ…――