とんでもない女だな

便箋数十枚に渡って書き綴られた恋文とおぼしき紙片を前に、私はすっかり途方に暮れていた。

たしかに私、書物を読むのは好きだと言ったよ。でも、それとこれとはまた別の話でしょ。

重ねた紙の厚さ約1センチ。送り主は一体どういう神経をしているんだろう。普通に好きな相手からの文でも多少なりとうんざりしてしまいそうなボリュームのそれに、所狭しとびっしり並んだミミズの這うような文字。眺めているだけでなんだか頭が痛い。
色恋沙汰には事足りているし、正直なところどんなに強く押されても口説かれても彼以外の異性には微塵も惹かれない。彼――日番谷冬獅郎十番隊隊長。

冬獅郎さまなら絶対こんなことはしないのに。自分の感情を一方的に押し付けるようなことは決して。むしろいつも感情を押し殺したような低い掠れ声が、心を掻き毟る。


「どうした、」

頭に思い浮かべた通りの声がすぐ近くで聞こえて初めて、自分が無意識に深いため息を吐いていたことに気が付いた。夕暮れの執務室には凛と立つ彼の長い影がのびている。

「お疲れ様です日番谷隊長」
「ああ、お疲れさん」

そう言って眉間に刻まれたシワを薄くした彼の顔を見つめながら、やはり自分はこの人以外の異性に気持ちが動くことなどないと確信する。
想いを寄せてくれる各々の魂魄の在り様や人となりにはそれなりに魅力を感じない訳ではないけれど、その感覚と恋愛感情との間には恐ろしく高い壁が聳えているのだ。少なくとも私の中では。

「また……か」
「はい。皆さん懲りて下さらないと言うか…」

だからこそいつも自ら他者に対しては壁を作り、容易には心に踏み込ませないよう、好意を垂れ流さないように気を配っているはずなのに。
主観というのは勝手なもので、私の意図とは全く別の方向に解釈されてしまっている自分の言動がもどかしい。


――つめたく冷えた貴女の強さと美しさの内側に潜む脆さが垣間見える度に、胸が刔られるのです。どうか僕を貴女の弱さの支えにさせてください…

歯の浮くような文面を機械的に目で追いながら、だんだん頭の痛みが酷くなってくる。

――貴女が乱暴に尖った言葉で拒絶するたびに、僕にはまるで助けてくれと叫んでいるように聞こえるのです。もっと僕に頼ってください、甘えてください…


気持ち悪い。悪寒と文字の呼び起こす不快感との相乗効果で、どうしようもないほど気分が悪い。そういえば昨夜から微熱を感じていた、もしかしたら風邪でもひいたのだろうか。

「懲りてくれないって、何つう言い草だよ。全く」
「失礼、ですよね」
「お前らしいけどな」

くつくつと笑う隊長の声がやわらかく耳の奥に染み込んでくる。

「すみません」
「俺の力が要るときは何時でも言え」
「いえ、大丈夫です」
「無理すんなよ」
「すぐに断ってきます…から」

結局彼らが愛しているのは彼らの脳内で勝手に作り上げられた虚像の私なのだ。本当の私なんて誰一人見ていない。本当の私はもっと我が儘で自分勝手で汚れていて、彼らの中にいる綺麗な女性像とは全然違う。ぜんぜん。

「あんまり手酷く傷付けてやるんじゃねえぞ」

頷きながら立ち上がれば、ひどい目眩がした。もしかしなくても風邪のようだ、しかもこの感じは恐らくかなり熱が高いに違いない。
机の上に両手をついて呼吸を整える。こうしている間にも手紙の主は勝手に期待を膨らませているのではないかと思ったらじっとしていられなくて。

「やっぱり顔色悪いんじゃねえか?」
「いえ、隊長の気のせいです」

ひいてはそれが自分の感情への裏切りのように思える。つまりは隊長を裏切っていることになると思ったら、少しくらいの体調不良なんて気にしていられない。早くはやく行かなくては。

「行ってきます」
「ああ、行って来い……っておい!」

勢いを付けて方向転換をする途中で脚が縺れる。重力に逆らわず崩れ落ちる身体は多分床にたたき付けられるのだろうが、この分だと痛みは感じないと頭の片隅でぼんやり理解していた。

「だいじょ…ぶ」
「バカヤロー、お前何を考え……」

なのに身体が地面に叩きつけられることはなく、代わりに柔らかいものに包まれて。耳元では大好きな声が響く。
鼓膜が分厚さを増したようにぼうっと音声が滲んで、言葉の最後は聞き取れなかった。


「おい!」
「………」
「無理も大概にしろっていつも言ってるだろうが!たまには俺の言うことも素直に聞け」
「………」
「というかそもそもそういう代物を安易に受け取るんじゃねえ!」

眉間にくっきりシワを刻んだ顔が間近に近付いて、この顔が死ぬほど好きだと思った。怒られているというのに不謹慎だけれど。

「バカヤロー!何笑ってんだ。ちゃんと聞いてんのか!?」
「……はい」
「俺が断って来てやるからさっさとそこで横になれ」
「………は い」

乱暴な口調とは正反対の優しい腕に導かれて、やわらかくソファに沈められるから、鼻の奥がツンとする。

「今度は何泣いてんだ、ったく分かんねえ奴だな」
「すみませ」
「謝って済むと思うな!」

こくこくと人形のように首を振りながら、ぱさりと無造作に掛けられた羽織りが嬉しくて堪らない。柔らかい布から立ちのぼる嗅ぎ慣れた隊長の香を胸いっぱいに吸い込んだら、何だか余計に泣きたくなった。

本当はね。
貴方のバカヤローって台詞が聞きたくて私はついつい無理をするんです、ごめんなさい隊長。


とんでもない女だな
だからいつまでも俺はお前から目が放せないんだ。
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2010.12.02
振り回されているのはどっち?
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