暴力反対
液晶の画面から青白い光がこぼれて、自分がどこにいるのか一瞬見失う。足場のない世界で自分はいっさい関与することのない物語が淡々とすすんでゆく。
明かりを落とした真っ暗な部屋で映画をみるのがすきだ。人工的に作り上げた非日常の空気のなかに、なんの変哲もない日常をすこしだけ浸す。
代わり映えのしない毎日があっさり色をかえて、ゆっくりと別の人生をなぞっているような気分になる。
「……! おったんか」
半分浮遊しているような感覚で画面に見入っていたら、背中から予想外の声が聞こえた。
「うん、いた」
声のした方へ身体を向けると、首がちいさくぽきっと音を立てる。青白い光に照らされ、いつもより陰影のくっきり浮き出た真子の顔はきれいだ。
「なにしとんねん」
「映画」
「あぁ、」
「ほんま好っきゃな」と続けながら真子が隣に腰を下ろし、低い声がすぐ傍で聞こえる。
非難のニュアンスとは裏腹な温かいその声がやっぱりとてもすきだ、と思った。
映画をみるときはいつも室内灯をオフにすることにしている。それが昔からの自分ルール。
明度って多分、集中力と因果関係あると思うんだよね。科学的根拠とかまったく知らないしただの感覚論だけど。
「で、なに」
「フランス」
「…は?」
「フランス映画」
「なんやその片言」
「……天使が見た夢」
「別にタイトルなんて聞いてへんわ」
「エリック・ゾンカ」
「監督も聞いてへん」
「見てる」
「………」
「映画、見てる」
「はいはいはいお嬢さんの邪魔してほんまスンマセンねぇ」
「………」
本当は邪魔だなんてちっとも思っていなかったし、ふんわり漂ってくる真子の空気はむしろ心地好かった。
胡座をかいて座った真子が、薄暗いなかで煙草に火をつける。葉っぱの燃える匂いがすこしだけ私を日常へ引き戻す。
実をいえば、すでに映像も音声も3割くらいは頭に入ってこなくなっている。ごめんなさいゾンカ監督、私あとでもう一度じっくり見直します。
「そない暗い中で見とると、頭と顔だけやなくて目ェまで悪うなんで」
おいしそうに煙を吐き出しながら真子が言う。いい横顔で憎たらしい言葉を。
「……るさい」
「悪いとこばっかで可哀相になあ」
なんでこの男は憎らしい言葉を吐いているときでさえこんなにキレイなんだろう。
「………」
「…………」
「……………」
「なんか言えや」
不機嫌そうに吸い殻を押し付ける指先の些細な動きすらきれいだ。
ため息を吐き出した私の隣で、光を受け幻想的な色に染まった金髪がさらさらと揺れた。
「はいはいほんとですよね〜。私なんて悪いとこばっかで唯一良いのは男の趣味だ け、」
明らかに棒読みとわかる口調で、平坦に、何気なく、本当に何気なく言ってみただけなのに。
なのに。ヒュウッと不自然に息を吸い込む音が聞こえて、
――ゴフッ!
なんだか良くわからないまま、「アホか!」って罵声とともに思い切り頭を叩かれた。
え、なんで叩かれてるの私?痛い――
「………痛」
「当たり前じゃアホ」
「ホント真剣に痛いです。アホじゃありません冗談です」
「分かっとるわ、黙れボケ」
「シンジが黙れ」
「うっさいっちゅうねん」
「TVの声全然聞こえないんですけどー」
「お前のせいや」
でもね。ホントはね。
そっぽを向いている彼の耳たぶがほんのり染まっているのに気付いてしまったら、もうすぐクライマックスを迎えそうな映画も、頭に鈍く残る痛みもどうでもよくなったんだよ。
暴力反対ホントに、ただの冗談なんで照れないでください。- - - - - - - - - - -
2011.07.04
自分ではクサい台詞吐いたりするくせに、逆パターンにはよわい平子さんとかどうよコレ