きみがいなきゃ迷子

 人気のない晩、歩くと走るの間位の速度で夜風を切る。図らずも人探しってヤツだ。

 霊圧はコントロールも探知も得意ではないから、進む方向は直感任せにならざるを得ない。瀞霊廷内に響く足音は自分のものだけ。くり返しぶち当たる行き止まりに、今度もまたチッと舌打ちを漏らした。

 せめてやちるが肩に乗っていれば。


「剣ちゃんの方向オンチー」
「オメェのせいだろうが」


 それでもきっと結果は今とたいして変わらないのだろうけれど、また間違えたなァと会話が出来るだけマシなのに。あいつは今頃、気持ち良さそうに夢の中。

 先を読むのは苦手だ。いつも目の前に迫った情報に、直感だけで反応してきた俺だから。苛立ちを覚えながらも、前に進むしかねえ。

 とはいえ、全く進んでいる気がしねえのも確かで。正面に見えて来たのは、今宵何度目かの無機質な壁。条件反射で拳を突き出すと、真っ白な壁にひび割れが走る。前がどっちかも分からねえんだから、進むもさがるもねえけど。


――めんどくせェな。


 いっそのこと、立ちはだかる壁の全てをぶった切ってやろうかと思ったが、後で差し引かれる修繕費用のことが頭を掠めて、すんでのところで思い留まった。



 ぐるぐると同じ所ばかりを回ってしまうのは、行動だけではなく思考もそうらしい。

 というよりも、何かを考えるという行為には意味を見出だせないから、結局考えは頭の中を上滑りしながら一つ所に留まる。


「結局あなたは、誰でも構わないんですね」
「そうは言ってねえ」
「言葉にしなくても、行動に現れていれば同じことです」
「オメェに何が分かる」


 つい半時ほど前の会話が頭のなかで何度も繰り返される。彼女の気にしているのが、俺に付着した別の女の匂いだというのなら、それにはちゃんと俺なりの理由がある。

 わざわざ説明する必要性は感じないけれど、自分の中での筋は通っていた。


「もう少し、私の気持ちを察して下さる方だと思っていました」
「考えたこともねえな」
「でも、あなたの指はいつもあんなに優しいのに」
「なんだァ、そりゃ」
「見た目の荒々しさとは対極にあるように、どうしようもなく優しいのに」
「ごちゃごちゃめんどくせェ事ばっか言ってんじゃねえ」


 自分の事すら分かんねえのに、他人の、ましてや性別の異なるヤツの感情なんて分かる訳がねえ。分からない事を考えて何になる?

 与えられたものを受け止めて、やりたいようにやるだけだ。欲しいときに抱いて、殺りてえときに殺して、寝たい時に寝る。

 方向音痴と馬鹿にされようが、戦いのことしか頭にない単細胞だと言われようが、気にしたことなんざなくて。人生なんてのは、目の前に訪れたモンへの反応を繰り返す、そんな瞬間の積み重ねじゃねえのか。それで良いと、これまでずっと思ってきたから。


――いってえ何処だ、ここは。


 だから、今のような結果を招くのだと言われてしまえば、それまでだ。



 女は抱ければ誰でも良かった。強い奴にしか興味は無かった。迷っても、最後に辿り着けるのが望んだ場所ならそれで良い。


「隊長がそんな人だとは思いませんでした」
「あァ?取り違えたのはオメェだろうが」



 俺という人間がどんなモンなのか、勝手に間違った認識を作り上げておきながら、裏切られただ何だと騒ぎ立てる。あほらしい。

 そういうのが一番嫌ェなんだ。


「とにかく、もう一緒には居られませんから」
「好きにしやがれ」



 足も頭も一つ所でぐるぐる回っている。一度そうだと気付いてしまえば、浮かんでくるのはやっぱり、馬鹿みたいに同じことの繰り返し。考える行為を何よりも面倒だと思っている俺がなんでこんな羽目に陥ってるんだか。

 当てにならない勘だけを頼りに右往左往しながら、ただひとりの女を脳内で追いかけている。戦うこと以外で、こんな風に何かを思い続けた事なんてあっただろうか。

 いや、ねえな。

 俺がこんなに想ってやってるんだ。それに少しは有難味を感じやがれ。なんて、エゴイズムの押し付けみてえな理屈だけど、俺に考えられるのはこの程度のことでしかない。


――どこ行きやがったんだ。


 出て行った女を探して飛び出したはずが、いつの間にか自分の方が道を見失っている。

 広い瀞霊廷でいま目を覚ましているのは、自分ひとりなんじゃねえか?あいつはもう部屋に帰って、静かに寝息を立てているのかもしれねえ。それならそれで構わねえけど。


――だったら俺は、どうやって帰りゃあいい?


 そう思ったら、あいつの側に帰りたいと感じている自分に嫌でも気付かされる。

 ため息まじりに呟いた言葉は、夜の闇に溶ける。荒くれ者揃いの十一番隊の隊長ともあろう者が、道に迷って帰れずにいるなんて、こんな恥ずかしい事はねえ。いわゆる「迷子」ってやつだもんなあ、俺はガキか。

 まあ、朝になりゃあ誰かが霊圧辿って気付いてくれるんだろうけれど。

 見上げた空では、月が随分と高度を下げている。どれくらい時間が過ぎたんだろうか。

 頭に浮かぶのは、同じ顔。自分の方から俺の手を放しておきながら、それが辛くて堪らないというような切なげな女の顔だった。




「また、お出かけだったんですか」
「……悪ぃか」


 何処に行っても、俺はいつでもオメェの元へ帰って来てんじゃねえか。どれだけ抱きたくてもオメェの意識がなくなりゃ堪えて添い寝してんじゃねえか。

 それだけじゃあ駄目なのか?



 現れた分かれ道の前で立ち止まると、まるでそれが生死を分ける選択のように思える。進むか戻るか、右か左か。

 どちらを選んだところで、未来に大差はないとどこかで思っているのに、選ぶことが怖い。誤ればまた彼女との時間が短くなるだけだ。


――どっちに行きゃあいいんだ?


 途方に暮れた俺の台詞に、返事はなかった。






 ◆






 小半時ほど頭を冷やして隊長の私室へ戻れば、彼の姿はなかった。

 またどこぞの女の元へ身体を貪りに向かったのか、それとも私を探しに出てくれたのだろうか。

 再び夜に降り立って、花冷えの闇をさまよう。


「好きにしやがれ」


 去り際の彼の言葉を思えば、私には執着も感じないのかと胸がちくちく痛むけれど、いつも言葉の足りない彼だから。好きにしやがれ、と突き放しておきながら、きっと私が戻ればまた、好きにしやがれ、と受け入れるのだろう。

 殺し合いにしか興味のない彼が、私のような女の元へ迷わずに帰ってくる意味など、ひとつしかないと分かっているのに。



 少し歩けば、やけに乱れた霊圧を放つ彼を感じる。もともと霊圧のコントロールが苦手な隊長だけど、ここまで乱れているところに出くわしたことはない。

 その理由はと考えたとき、彼が自分に対して抱いている想いが、肌から染み込んでくるように思えた。


――隊長…。剣八さん。


 この乱れが、私を探してのものであればいい。もうそれだけで十分だ。あとは、それを辿って近付くだけ。

 いくつめかの角を曲がって瞳に映った彼は、大きな身体を折り曲げるようにして途方に暮れていた。きょろきょろと視線を左右に彷徨わせ、いかつい表情がいまにも泣きそうに歪んでいたから。

 「迷子」なんて言葉は、隊長にあまりに似合わなくて、くすりと笑いが漏れた。






 ◆






「隊長…夜のお散歩ですか」
「ああ」


 本当はオメェを探して飛び出した末に、道に迷ったんだが。そんなことを説明しなくても全部見抜かれている気がした。


「副隊長は…」
「寝てんじゃねえか?」


 何気ない会話で騒ぐ胸。彼女の前に立てば、戦いでしか沸き立つことのない血液が、じわじわと温度を上げる。

 この感覚は、彼女に対してだけ現れる反応だ。


「まだ、髪…濡れてるじゃないですか」


 白い指先が濡れた髪に触れれば、温かさを手にしたくなる。獣のように貪って、壊してしまうのが怖いのに、何故オメェは恐れずに俺に踏み込んでくるんだ。


「風邪、ひきますよ」
「そんなにヤワじゃねえよ」


 ぐい、と無言で肩を抱き寄せれば、何の抵抗もなく預けられる体重。その素直さが、ただ嬉しい。


「夜桜ってのも、風流でいいですよね」
「そうだな」


 肩を抱かれたまま歩き始めた彼女に、導かれて歩き出す。多分彼女の進む方向が、俺たちの未来なのだろう。

 ふたり分の足音が響く廷内は、さっきまでとなんて違って見えるんだろう。行き止まりには一度もぶち当らずに、どこまでも開けている道が不思議だ。

 ぎゅうと細い肩に指を喰い込ませれば、俺を見上げる整った顔。記憶の中の切なさは、ずいぶんと薄らいで見えた。




「物足りませんか?」
「……」
「気遣って下さるのは痛いほどに分かってます」
「気遣い?」


 ふ、と吐き出されたのは、ため息だろうか。気遣いなんて、俺に最も似合わねえ言葉じゃねえか。訳の分からない事を言いやがる。


「ええ。でも、もっと無理をさせて下さい」
「なんの話だ」


 剣八さんは分からなくても結構です、私が分かってますから。そう言って、寄り添ったまま微笑む顔に、眩暈がした。


きみがいなきゃ迷子
(ずっと俺の側にいろ……)

そんなオメェを手放せる訳がない。
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