録音しました

 ある夜。いつになく真剣にテレビの画面を凝視していたら、不意打ちで真子に頭をはたかれた。

「ちょ!なに急に」
「アホみたいな顔しとるからつい、な」

 メモをとる勢いで、ものすごく真面目に見てたのに。ちょっと目を離しただけで途端にわからなくなるくらい込み入った場面だったのに。テレビ。

「まじで痛いしやめて!そんなに叩かれたらアホになる。脳細胞死ぬ」
「アホか!そもそもお前がアホやからどついとんねん俺は」

 まったく意味がわからない。
 だいたい真子はいつもこんな具合なのだ。私がなにかに集中しているときに限ってちょっかいをかけてくる。普段はほとんど放置のくせに、ホント厄介な人。

「もっとアホになるからやめて」
「なれへんわ、いまが既に底辺や」
「ひどい」
「その史上最強のアホと付き合うたってんのは誰や思てんねん」

 おまけに、なんなんですかその超上から目線。いくら温厚な私でもたまにはむかつくんだけど。

「平子真子さま、です」

 わざと棒読みで言ったのに、彼にはぜんぜん効いていないようだ。満足げに肩をぽんぽんと叩かれて、怒る気も半分くらい失せた。

「せやろ、感謝せえや」
「そんなに嫌なら手放せばいいのに」
「そない罪なこと出来るか!」
「罪なことってなに?真子と別れたら私には二度と彼氏できないってこと」
「ちゃうわ。こんなとんでもないアホを世間に野放しにしたまま、平気な顔でのうのうと生きてられるほど俺の神経は図太ないっちゅうことや」

 真剣にみていたテレビも必然的に中断させられるわ、いわれのないアホ扱いされるわ、おまけにどつかれるわで最悪だよなんなのもう。この男は。
 こっそりため息をついたら、またペシッと額をはたかれる。

「また殴るし。いまので脳細胞1000コくらい死んだよこれ多分アホ度10パー増しだよ」
「五月蝿いわ。いまさら10パーくらいアホなっても屁ェでもないやんけ。どうせならもっと景気よう行っとけ」
「なになに?真子さんはもしかしてアホフェチとかいうレア人種ですか、うわ!キーモーいー」
「勝手にヘンな名称のフェティシズム捏造すんなっちゅうねん、ボケ!だいたいアホフェチてなんや。そんなん言うたら俺の好きなアホはお前自身のことになるやんけ。それ自分で自分をアホ言うてんのと同じやで。ほんまお前アホやなあ。自分がなに言うてるかわかってはりますかァ?」

 よくまわる口だなあ。油でもがぶ飲みしてるの?と思いながらときどきちら見えするタンピアスに集中していたら、あれ…いまとんでもない言葉が聞こえた気が。する。
 真子さんの方こそ、自分がなに言うてるかわかってはりますか?状態だよね、これ。

「いま、なんと…!?」
「はァ?なんや急に」
「いいから。“なに言うてるかわかってはりますか”の前になんて言った?」
「ほんまお前アホやなあ」
「いや、もっと前」
「それ自分で自分をアホ言うてんのと同じやで」
「そのもう少しだけ前」
「そんなん言うたら俺の好きなアホはお前自身の、こと……っ!」

「はい。リピート ワンスモア!」
「そんなん言うたら俺の好……って、言えるか!ボケェエエ」
「好き、なんだ。へぇー」
「な!う、自惚れんなボケが!あれはあくまでもアホフェチについての一般的な説明のついでにお前がいかにアホかっちゅうことを伝えようとしただけであって別に、別にやな…そんな」

 いつも立て板に水の真子が口ごもる姿は、かなりレアでかわいい。

「アホフェチ、しっかり使ってるし。やっぱり真子アホフェチなんだ」
「そんなんちゃうわ!アホか!」

 なんか珍しく主導権握ってる感じ。気分いいな、これ。真子はいつもこういう感覚なのか。なるほどね、と思いながら口元が勝手に綻ぶ。

「なにをニヤニヤしとんねん」
「好き、って言った」
「……………」
「さっき 好きって、
「もう黙れ。アホ」

 そう言った真子にまた頭をしばかれたけど、不思議とぜんぜん痛くなかった。



音しました。

たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
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