君と馴れ合う午後
「狡いよね」
「なにが?」
それだよ、それ。アオバの眼鏡を指差してしらじらしくため息をこぼす。
自分は四六時中そうやって防護壁をまとっているくせに「お前はわかりやすいから」なんて、それは不公平ってものでしょう?心のなかで呟きながら、テーブルの上に置かれたネックレスの鎖をくるくると指に巻き付ける。
アオバの目、らしき部分、を睨みつけたら、彼はちいさく肩を竦める。色眼鏡越しに、彼の目が笑っている、気がした。
見えないけど。
たまには、ね。なんてさりげない台詞で渡されたネックレスは、てのひらのなかでキラキラと繊細な光を放っていた。誕生日でもなんでもないこんな普通のありふれた日に、誕生石のついたそれ。
こうやってアオバはたまに極上の飴をくれる。なんの前触れもなく。無造作に。
「気に入らなかった?」
「そんな訳ないでしょ」
気に入らないどころか、すごく気に入ったの。ずっとこういうのほしいと思ってた。私のことをぜんぶ見抜かれている気がした。なのに私は全然アオバのことを分かってあげられなくて、申し訳なくて。だから腹が立つんだけど、そんな理由で苛立っているなんて恥ずかしいからとても言えない。
でも、アオバにはそれすら気付かれているのだ、きっと。
「じゃあいいだろ」
「よく、ない」
いつもいつも私ばっかり嬉しくて、私ばっかり嬉しくさせられて、じゃあアオバはどうなの。私にはアオバの望むことも、アオバの欲しがってるものも全然分からないのに。
「着けてあげようか?」
「不公平だと思います」
ふ、と鼻で笑って私の言葉をスルーすると、アオバがてのひらからネックレスをとりあげる。
「髪の毛、ちょっとどけて」
「ほんと、不公平で狡い…」
文句を言いながら首にかかる髪を束ねて持ち上げた。アオバの気配が背中から全身に伝わる。私の目の前で一度交差した両手が、うなじに軽くふれた。
「できた」
その指先が思っていたよりずっと熱くて、ふわっと私を包み込む香りがとても心地好いから、文句なんて言えなくなる。ありがと、ってそれだけ言って口ごもる。
「急に素直になったね」
「そんなんじゃないし」
背中で笑っているアオバの顔は見えない。見えないけど、わかる。きっとものすごく楽しそうな顔をしてるはず。
「それで?何がそんなに不公平なの」
「だから眼鏡」
「眼鏡?」
「そう。その眼鏡には人の心を見抜く機能とかついてるんでしょホントは」
「いや、」
「おまけに他人に心を読ませないバリアの役目も果たしてる」
「どんな高機能眼鏡だよこれ」
そう言ってまた、アオバが笑う。抱きしめられた腕のなかで、私がゆれる。
「アオバの瞳がみえない。いつも見えない。狡い。私にも読ませて。私にもアオバの考えてることを読ませてよ、ほしいものはなに?望んでることはなに?はやくそれ、はずして。アオバも分かり易くなって」
わがままな子供みたいに一気にまくし立てたら、うなじの生え際にくちびるが降ってきた。それでまた私は何も言えなくなる。
「そんなに知りたい?」
耳たぶを息がなでる。注ぎ込まれた低い声に、返事もかえせず首を縦にふる。
仕方のない子だな。と余裕の声が聞こえる。くるっと体が反転されて、見上げれば、アオバの目。眼鏡をはずしたアオバの目が、ゆっくりと弧をえがく。アオバのなかに私が映る。
「………」
「存分にお読みください」
そう言って彼は笑うけど、間近で見た裸眼に、言葉がでなかった。あかるい太陽の下で、アオバの裸の目はただ、ただきれいだ。
どくどくとあがる拍動に反比例して、脳もくちびるも動きを止める。ひとつのことしか考えられなくなる。
かっこいい 格好いい カッコイイ。なにこのカッコイイ人は。涼しい瞳に長い睫毛。白目と黒目の完璧なバランス。これ反則でしょ。理想の三白眼ってこれだよね。ちょっと待って、裸眼のアオバは予想以上に格好良すぎて心臓にわるい。心を読むどころじゃないよ、このままじゃ私の寿命が縮む。はやく眼鏡かけて、いや、やっぱりまだかけないで。
「おーい」
「………」
うっとり見上げたまま固まって、どれくらい経ったのだろう。でもまだ全然足りない。この目ならいくらでも見つめていられる。カッコイイ。
「どうしたー、返ってこい」
「………」
何を考えているのかは、全然読めない目だけど。隠れていたものが見えるようになると、余計に見えなくなるなんて皮肉だ。
「そんな顔してると、襲うよ」
弧をえがく瞳の下で、口角が持ち上がる。意地悪そうな顔もうっとりするくらいきれいだから、自分がどんな表情をしているのか考える余裕もない。
「待って、まだ…」
読んでないから、アオバのほしいもの。ささやくように搾り出す。たどたどしくまぶたをなぞる。ふるえる指で、なぞる。アオバの目。
「その必要なくなった」
「なんで?」
きれいな瞳が私を映したまま、近づいて、近づいて、そして。
「さあね」
その目のなかで、私がとける。
やっぱりアオバは、狡い。
君と馴れ合う午後ほしいものはもう腕のなかにあるから