いじっぱり
「で?シカちゃん、そんなトコで何してんのー」
「べ、別に…」
里の外れの滅多に人が通らねえその場所に、不似合いな明るい声が響く。
「あー!もしかして、彼女待ってんのかよ。シカちゃんってば、スミに置けねえ」
「ちげえよ、バカ犬!」
何も違わない。確かに彼女を待っていた。だけど、それはキバの言うような浮ついたものではなくて。いや、やっぱり浮ついているのかもしれない。
いつになく軽率な行為をとってしまった自覚はあるから。柄でもねえ。背中に控えた羞恥のネタに気付かれないようにと、努めて冷静を装う。
「あれえ?なんだソレ」
「…っ!」
その俺の狙いは、見事に外れてしまったらしい。キバの視線の方向を見ることも出来ず、黙り込んだ。
「その落書き、」
「はあ?」
くそっ、何でお前が気付くんだよ!とぼけたフリをしながら、心臓がばくばくと激しい鼓動を繰り返す。
「相合い傘なんて、懐かしくね?」
アカデミーの頃は、俺も机とかにガリガリ書いたけど!
お前、そんなことしてたのかよ?まるでガキじゃねえか。なんて、俺が言えた義理じゃねえけど。現に俺らはその頃ガキだった訳だし。
「なになに、何て書いてあんのー?えーっと…sh…i……kaって、シカちゃんのことじゃん!」
「んな訳ねえだろ」
「いや、間違いねえって!だって、」
相手の名前、彼女だぜー?
なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ。まるで、おもちゃを与えられた子供みてえ。
「どっかのガキのいたずらじゃねえの?」
一瞬だけニヤリと顔を歪めたキバに、いやな予感。コイツって、妙に鋭いトコあんだよな。野生の勘っつうの。こんなときにそんなモン働かせなくてもイイっつうの。
「へえー…。なんか見覚えある字なんだけどなァ」
どっかのガキねえー…。
「気のせいだろ」
塀に顔を近付けて、まじまじと見つめる目。考えすぎかもしれねえけど、心ん中覗かれてるみてえで、すげえ居心地がわりぃ。
「で…なんでシカちゃんはここで彼女待ってんだァ?」
「今日、やっと長期任務から戻ってくんだよ」
塀から視線を外さねえまま、さらりと問われて、つい本当の事を喋っていた。って…俺、誘導尋問に引っ掛かってんじゃねえか。
「ふうん」
「んだよ?ふうんって」
「いや。シカちゃんも案外かいがいしいトコあんだな」
「るせえな」
ふい、そっぽを向けばガシリと肩を組まれる。そんな強く掴まなくても、逃げねえっつうの。
痛えな。睨みあげれば、思いっきり楽しげな瞳にぶつかって。
「つか……これ、ぶっちゃけシカちゃんの字、だよな」
「ばっ、バカ、ちげーよ」
否定の声がふるえている。それに気付いたからか否か、キバの表情はますます生き生きとして見える。そんな気がするのは、俺の被害妄想だろうか。
さっき飛んできた小さな式によれば、そろそろ彼女はここに到着するはず。会えない間に積もった想いを、こっそり、でも確実に伝えたくて、鈍い彼女に宛てた苦肉の策。
それに、なんで別の人間が先に気付いてんだよ。
「えー?そっくりじゃね?」
「違うっつってんだろ!?なんで俺が…」
もう、すっかりバレていることは分かっている。敢えて否定するのは、一番に彼女に気付いてほしいという俺のつまらない意地だ。キバ、気ィ回してくんねえかな。つうか、なんでお前がこんなトコに通りかかんだよ。一生恨むぞ、バカ犬ッ。
「ふーん…あっ!!チョウジ〜!!」
「確かにシカマルの字に似てるよね」
「だろ、だろ?いのもそう思うよなあ、なァ?な!?」
これ以上、騒ぎ広げんなっつうの。頼むから!
遠くから近づいてくる懐かしいチャクラは彼女のものだ。じわじわと愛おしさが満ちてくる胸の内。なのに、ふたりきりの甘い時間なんて、コイツらの前では味わえそうにもない。
そう思ったらため息が漏れた。
「はいはい、思う思う!キャンキャン鳴いてないでさっさと行くわよ」
「なんだよそれ、人を犬みてえに言うなっつの」
「ホントの事でしょッ」
意外ないのの反応に、しゃがんだまま顔を見上げれば、ぱちんと降ってくるウインク。なんか気付いてるっつうことか?
遠退いたざわめき。気付けばキバの腕を引いたチョウジが、にっこりと微笑んでいた。
「甘栗甘で食べ放題」
「は?」
「それで手を打ってあげる」
「………」
敵わねえな、いのには。つうか、いのはともかくチョウジの食べ放題って…来月は給料の大半飛んでくっつうことかよ。
はあぁー……
もう一度ため息を吐き出したら、やけに冷静ないのに肩を小突かれた。
いじっぱりアンタにもこんなトコあんのねぇ
ったく。慣れねえことなんて、するもんじゃねえな――
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2009.05.09
キャプ作イラストにインスパイア。
「消さないで残しといて」と彼女に言われて、真っ赤になっちゃうシカマルの顔が見える(´Д`)