見返り美人

 夜更けのこんな道を、もの思いにふけりながら歩いていると、自分が忍だということを忘れそうになる。青白い月明かりに照らされた里の風景、涼しく鼻先を撫でる風。お風呂上りの湿った髪から、雫がぽたり。足元に小さな染みを作る。
 斜め上方からの光で、地面には吸い込まれそうな影。深い藍の空に、ゆるやかにたなびく雲。目の前の光景には少なからず情緒が溢れているのに、それを一気に現実へと引き戻す香り。嫌いじゃないけど。辺りには肉の焦げる香ばしい匂いが漂い始めていた。


「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「今日はあいつらと飲み会だから」

 楽しんで来てね。何の変哲もない朝の挨拶を交わしたのは、たった十数時間前。

 シカマルとは一緒に住んでいる訳ではないけれど、どちらかの任務が休みの前日にはこうして共に過ごすのがいつからか決まりごとのようになっている。今回は、数日任務で里を空けていた私のお休み。

 大名絡みで、不思議な異国の男を護衛する。たいして難しい任務ではなかったけれど、何故か里に戻った昨日、精神的にはぐったりと疲れていた。それも、おかしな具合の疲れで。

「でもね、すごく綺麗な男の人だった」
「へえー…」

 シカマルの匂いの満ちた部屋で、その状況をつらつらと話す私に、彼がやけに纏わりつくように思えたのは気のせいだろうか。

「楽しかったっつうこと?」
「そうじゃ…ない、けど」
「でも、そんな風に聞こえんだけど」

 絡みつく腕が不可解で、振り返れば、その瞬間に唇を塞がれて。訳も分からぬままに攻め立てる背中に、必死で爪を立てる。

「ちょ、シカマル…?」

 返事の代わりに、とろり、流しこまれた唾液をこくりと嚥下して。身を捩りながらも、組み伏せられる行為に溺れた。それが、昨日の晩のこと――


 もうダメ、動かせそうにないから迎えに来て。 いのの伝言を運んできたのは、小さな鳥の形をした式。本当は、禊ぎを済ませた後なんて滅多なことでは出かけたくない。そんな本音に関わらず、私たちには不可抗力の呼び出しが多いものだから。
 でも、彼女がこんな風にわざわざ式を飛ばすのなんて余程の事だから。濡れたままの髪をまとめ上げると、外へ飛び出した。かさかさと草の根を分ける音が、耳に心地いい。

 ふと脇に視線を流せば、明かりの消えた商店街のガラスに映る自分の姿。余りに慌てて出てきた所為で崩れた胸元を、きゅっと掻き合わせる。だらしない恰好は嫌いな彼、だから。
 首筋には、昨夜の名残。押さえれば鈍い痛みを発するそこが、愛おしくて。眠らせて貰えない位に攻められた理由は分からないけれど、まだ気怠さの残る身体が彼の所為であれば幸せだ。
 私があまり眠れなかったということは、彼も同じ。そんな状態で飲んでしまったのだから、いつもはお酒に強いシカマルが柄にもなく酔うのも分かる気がした。


 カラカラ。音を立てて店の扉を開けば、一層濃い焼肉の匂い。

「あー!!やっと来た」

 待ちくたびれて、放って帰ろうかと思ったんだから。笑顔で私に手をあげるいのは、ハイテンションだ。お酒のせい、だろうか。

「シカマルも、すごい待ってたんだよ。ね?」
「るせえな、チョウジ。んな訳ねえだろ」

 気に入らないことでもあるのか、彼は壁に向かってそっぽを向いている。そんなに子供っぽい仕草、私には見せることがないのに。
 やっぱり幼馴染同士というのは、心の垣根が低いということなのかもしれない。ほんのすこし、羨ましい。

「お待たせ」

 まだ顔を見せないシカマルに向かって、掛ける声がすこしふるえる。

「シカマル、あんたイイ加減にしなさいよ」
「まあまあ。シカマルだって、普通の男だってことだよ」
「ばっ!!チョ……お前なあ」

 普通の男?
 首を傾げる私に向って、ゆっくりと振り返ったシカマルの顔。細い瞳のなかで微かに潤んだ黒眼、薄い唇、ほんのりと上気した頬。一瞬のその表情に、釘付けになる。

 いったい何度惚れ直せばいいんだろう。
 咄嗟に両手で口元を隠して立ち尽くす肩を、強引に引き寄せる腕。

「さっさと帰んぞ」
「シカ…酔ってたんじゃ、ないの?」
「こいつらに付き合ってられっか」

 腰を抱いて歩き出す足元は、たしかにいつもより覚束ないけれど。
 ふわふわとした足取りも、甘ったるいお酒の香りも、ベストに染みついた炭の匂いすらどうしようもなく愛おしかった。



見返り美人

俺が嫉妬したら、ヘン?
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2009.05.27
夏の劇場版のCM見たら、心臓持ってかれた。
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