極彩色天然レディ

 自慢ではないが俺は感情の起伏に乏しい、つまりは冷静な人間だ。滅多なことでは動揺しないし、突然の事態にもさして慌てることがない。たいていのことは無表情でやり過ごす姿をみて、やる気がないのなんのと批判的に評するものも多いが、それを意図的にかえるつもりもその必要性もまったく感じない。

 人間、日々是平常心がいちばんだと思わねえ?誰に問うでもなくシカマルがひとりごちたその時だった。

 とたとたと階段をかけのぼる足音が聞こえて、珍しくシカマルは身構える。

 数秒の間に、足音と状況から対象者が誰なのかを推測し、目的とその後の言動を予測したうえで対処法を検討するのはすっかり癖になった流れ作業みたいなもので、たいして難しくはない。はずだ、が。相手が彼女であれば別だった。なぜって、自分の反応が途端に読めなくなるからだ。彼女限定で。

 そうこうしている内に、自室の扉が乱暴にあけられる。ひらけた空間から予想どおりの顔がのぞいたのを見て、まず、動悸があがった。

「シカマル!」

 名前を呼ばれ、どくん、と一度高鳴った動悸はそのあと急に速度をはやめる。そうなれば、自分のなかで起きている異常事態に意識の半分くらいをうばわれて、かわりに冷静さも半分陰をひそめる。

「シカマル、起きてる?」

 いっそ寝たふりを続けてやろうかと寝転んだベッドの上で毎度しずかに考える。だが、次にくるであろう彼女の行動を思って俺はしぶしぶと返事をすることになる。

 そのままでいれば、彼女は無防備にこちらへ近づいて、きっとなんのためらいもなく両肩に手をかけて、心まで飛び出してしまいそうな勢いでぐらぐら揺さぶってくるに決まっているから。そうなったらいよいよ俺の冷静さは失われるに決まっているから。
 ある意味 苦渋の選択 というやつだ。

 気づかれないように、ひとつ。深呼吸をする。
 ゆっくりと瞬いて、彼女の姿をまぶたの裏に納めると、ふたたび目を閉じる。
 そして、やっと声を搾り出す。

「ああ」
「狸寝入りなんて、人が悪い」

 愚痴をこぼすより先に用件を言ってくれ、と思う。狸寝入りしたくなるような理由があることに思い至ってくれ、と思う。どちらも、彼女に期待するのは無駄なことだけれど。

「別に、そんなんじゃねえよ」
「よかった」
「で、なに?」

 寝転んだままゆっくりとまぶたを持ち上げれば、俺の動悸を乱れさせる特殊能力をもった瞳が、真上から見下ろしている。顔が近い。

 その濁りない黒目をみるたびに、これは写輪眼や輪廻眼とはべつの、まだ解明されていない何らかの瞳術の一種なのではないかと思う。それくらい不自然に、自分の拍動は毎度律儀なほどの乱波形をしめす。


「実験的オリジナルレシピの有効性に関する被験者データ採取に協力してほしいんだけど」
「は?」

 ぐ、と音が出そうなくらいつよい瞳に見据えられて、原因不明の頭痛を感じた。よどみなく並べられた長い言葉の意味を、もう3割くらいしか働かなくなった頭のなかで整理する。

 瞑目したまま反復して、ゆっくりと理解したあとに目をひらけば、やけに切迫感のある表情があきずに俺を見下ろしていた。さっきよりもっと顔が近い。

「で、なんで俺?」

 彼女そのものにばかり気を取られていたが、気付けば部屋のなかにかすかな甘ったるい香りがしのび込んでいる。

 後ろ手に隠されたままの彼女の両手のなかに、なにか食物の欠片的なものが握られているのは間違いないようだ。

 つまり、

 実験的オリジナルレシピの有効性に関する被験者データ採取=自分の作った何らかの食べものを試食しろ

 ということらしい。なんでそんなに回りくどい言い回しをする必要があるのだろうか、さっぱり分からない。やはりこいつ相手では自慢の分析力も形無し。

「理由によっては協力してやらねえこともないけど」

 さんざん俺の動悸を乱してくれた仕返しとばかりに、わざと意地悪な返答をかえせば、ふわっと綻ぶようなあざやかな笑顔があらわれて、なおさら動悸が促進される。

 このままではオーバーヒートで心臓が焼き切れて、予測不能の事態が起きてしまうのではないかとひそかに焦る俺の気持ちも知らずに、目の前で淡いピンク色のくちびるが告げた。


「シカマルに食べてほしくて、シカマルのためだけに作ったから」
「…ばっ!」

 だめだもう、俺の心臓は酷使されすぎて余命あとわずか。ちなみに実験的オリジナルレシピの有効性なんて、検証前から有効に決まっている。

 刺さるほど鋭いと一部の層では評判の視線で睨みあげてみたけれど、彼女にはまったく効かないらしい。

「はい、あーん」

 無邪気にさしだされる指ごと食ってやるのと、自分で食えると言い放って拒絶するのと、この場合どちらが正しい選択なのだろう。
 傾きながら近づいてくるきれいな顔と指を見比べながら、ますます混乱する。

 ったく、人を気持ちのいい午睡から引きはがしやがった理由って、それかよ。これ以上自覚もなく俺を掻き乱してくれるなこの天然女。

 俺の平常心をかえしてくれ。


レディ
毒でもなんでも食ってやる。
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -