ゆめをみる、夢を見た。


 おわりはいつも唐突におとずれる。
 すとん。あかりが落ちて、音がきえて、そして終焉。


ゆめをみる、夢を見た。



 ひどく鮮明な感覚がてのひらを包んでいる。他人のものだとわかるその体温は、たぶん俺より一度だけ低い。目をとじたままで感じる香りは甘ったるく頭の芯を痺れさせる。
 背中のしたには渇いたシーツの感覚。たぶん俺はベッドに寝そべっている。剥き出しの肘から先とふくらはぎの裏側にさらさらと擦れる布は、間違いなく今日変えたばかりのシーツだ、かすかに太陽の匂い。

「あ……」

 掌を包んでいた誰かの手にきゅっと力が加わった。俺の隣になにかがいる。
 目をあけてたしかめればいい。なのに、脳の指令をカラダが拒否するように瞼はくっついたままうごかない。絡む指を握りかえしてみようと思う意志も、あっけなく拒絶されて。身動きがとれないまま、ただ横たわる。
 金縛りっていうのはこういう感覚だろうか。

「…シカマル」

 甘い香りが近づいて、名前をよぶ。俺の名前。くりかえされる呼びかけに応えようとすれば、のどの奥でかわいた空気がからみつく。声がでない。
 ひんやりとした指が頬を撫でる。やわらかく髪を梳く。首筋には鳥肌。誰かにさわられるのは好きじゃないのに、きもちいい。
 たぶんこのオンナ、いま笑ってる。とじた瞼の裏側に結ばれた像は、ひらいた目で見るよりもくっきりとした輪郭。
 そこに、たしかにいる。俺にふれて、俺の名を呼んで、俺に微笑みかけて――



「つうわけで、寝覚めがあんまりよくねえんすよ。半分起きてるような寝てるような変な感じだったから」
「そりゃアレだ、奈良。たぶん欲求不満ってやつ」
「はあ」
「まあ、お前もお年頃だからな」

 そういってニヤリと笑われる。
 ゲンマがこういう人間だってことはわかっていたから、肝心の部分は話さなかったのに。この様子ではぜんぶ見抜かれてるのかもしれない。
 ったく、めんどくせー。シカマルはこっそりため息をついた。

 くっきりとした輪郭を瞼の裏側で見たそのあとに、オンナの唇が額にふれて、頬にすべりおちて。
 いつの間にか金縛りはとけていた。口づけて抱きしめて見つめあって名前を呼んで、充たされた瞬間にぷつり、電池が切れるようにあっけなく消えた残像。
 いまではもう、重ねた唇のとけそうなやわらかさも、抱きしめた身体のたよりない軽さも、見つめる瞳がひたすらに透き通っていたことも、記憶から少しずつ奪われてきえそうだ。
 あの感触も瞳も声も忘れたくないとこんなにつよく願っているのに。きえる。薄れてゆく。
 もう一度あの声で名前を呼ばれたなら、二度と忘れない自信があるのに。

「そんなんで大丈夫か?」
「たぶん」
「多分じゃ困るんだけど」
「すんません」
「適当に遊んどけよ、真面目すぎはカラダに毒」
「うす」

 ゲンマほど遊んでるのもどうかと思うけど、思うだけで口には出さない。
 たったいちどの夢のなかの幻影に焦がれるのは、たしかに欲求不満に違いない。こんなばかなことを考えるのはきっと寝不足のせいだ、さっさと任務終わらせて早く寝てしまいたい。
 眠れば再びあのオンナに会えるだろうかと、またばかなことを考える。

「幻影に恋する、か」
「……」
「思春期の少年はロマンチックだな」

 返事のかわりにもう一度ため息をついたら、背後で知らない気配。
 まだ記憶にのこる香りに振り返れば、さっきまで俺を悩ませていたオンナが笑顔で立っていた。

 はじまりも、いつも唐突。



ゆめをみる、夢を見た。

 奈良シカマルですはじめまして、俺の名前呼んでください。
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2009.09.15 mims
一瞬で恋におちる彼。
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