行くよ、一緒に。


自分だけは違うなんてのがただの気のせいだってこと。知りたくなかった。自分がこんなに信用できないモノだなんて、知らなかった。


行くよ、一緒


 あんたやっぱりシカマルさんに遊ばれてるだけなんじゃないの。ほどほどにしておいたほうがイイ気がする。

 無遠慮な女友達の言葉が頭のなかでぐるぐる回っている。何度同じことを言われても、おなじなのに。私はあきらめない。
 そんな簡単に腕から飛び出してしまえるのならば、そもそも彼との恋をはじめてはいないし。彼の張り巡らしていた目に見えない柵を、無理に乗り越えたりはしなかった。

「ありがとう。でも大きなお世話」
「あんたねえ……まあ、痛い目に会えば目も覚めるでしょ」

 彼女の言う通り。いくら周りに諭されても、自分が納得できないことは受け入れられないものだ。受け入れたとしても後悔するに決まっている。だから私は彼とは別れない。簡単には。

 シカマルはいつも、無表情だった。
 本当に稀に笑顔を見せることがあるけれど、毎回それは、困っているように見える。まるで泣き顔なんじゃないかと思えるくらいに、唇は悲しげに歪むのだ。形はたしかに、笑顔らしく口角をあげて弧を描いているのに。
 胸がぎゅっと絞られるほどに切ない表情。そんな顔をしているとき、シカマルはいちばん美しいと思う。透けて見える影が、胸に迫る。

「またなにか思い出した?」
「ん。ちっと昔を、な」

 ふっ。表情を崩したシカマルから、すこしだけ切なさが消えた。彼の過去のことを知りたくないわけではないけれど、いま隣にいてくれるならそれでよかった。

「帰るか」
「そうだね」

 歩きだしたシカマルに掌を包まれる。見上げた空はほんのりとあたたかい紫に染まっている。秋の夕暮れは本当にきれいで、やっぱりどこか切ない。
 美しいものは切なさを内包しているものだと知ったのは、彼と出会ったからかも。空も、シカマルも悲しいほどにキレイ。思った瞬間に、ぎゅっときつく指が絡んだ。

「どうかした?」
「別に」
「…そういえば最近、急に涼しくなったよね」
「そうだな」
「コンビニで肉まんってもう出てるのかな」
「さあ、な」

 どうでもいい会話を続けているのは、余計なことを考えないため。別に、って答えたシカマルの声がすこしふるえていたことに気付かないふりをするため。

「あれ見ると、あー夏も終わりなんだなあって思う」
「まあ、わかるかも」
「また今度食べようね。普通のよりも、特撰肉まんがいいな…」

 彼の思い出があんなに切ない表情を引き出すようなものなら、隣にいる私は、きっとそれを知らないままでいるほうがいいのだ。それを知らない人間の前でなら、なかったことに出来るから。

 今日も、自宅の前でさようならまた明日、だろうか。それでもいっこうに構わない。柵を踏み越えるだけでかなりのパワーを使い果たした私は、これ以上無理をするつもりもない。
 無理矢理聞き出しても、シカマルの真実からは遠ざかるだけだと思うから。

「じゃあ、な」
「うん。また明日ね」

 猫背の背中が遠ざかってゆくのを、見えなくなるまで見送って。いちどもシカマルが振り返らないのを黙ってただ見送って、部屋に戻ったらためいきが出た。
 また明日ね。

 今日もなにもなかった。手を繋いで、一緒に歩いて、バイバイまたね。期待してるわけじゃないし、そんなのなくても並んで歩くだけで幸せだ。だからこれでいい。
 キスがなくても、そのさきがなくても、私は別にそれでいい。いいんだ。いいのに、なんで苦しいんだろうこんなに。
 遊ばれてるだけなんじゃないの。女友達の台詞が、ぐるぐる回る。だいたい遊ばれるって、一般的には身体をいいようにされることじゃない。だったら私とシカマルの場合はむしろその反対。だってなにもない。
 あきれるほどにストイックで禁欲主義を絵にかいたような関係。それの、どこをどう見れば遊ばれてるってことになるんだろう。
 なにも、ない。
 なにも。
 なぜだろう、なにもないのは。
 さびしい。さびしい。ふれたい。さわってほしい。苦しい。
 気にしていなかったのに、気にならないはずだったのに。これでは彼女たちとたいして変わらないじゃないか。
 自分だけは違うなんてのがただの気のせいだってこと。知りたくなかった。自分がこんなに信用できないモノだなんて、知らなかった。
 なにもなくてもいいなんて、嘘だ。


 ピンポーン。インターフォンの音。
 玄関先で、ぺたりと座りこんだまま。すっかり身体は冷え切っている。どれくらい座っていたんだろう。

「はい」
「早ェ」

 ちゃんと確かめて開けろよな。いつもよりやわらかい笑顔のシカマルの手には、肉まんが湯気をたてている。ほかほかの特撰肉まん。

「食いたかったんだろ」

 ありがとうも言えずに、こぼれたのは泣き笑い。やっぱりなにもなくてもいいやと思いながら、衝動的にシカマルに抱きついた。

「ちょ、おま…」
「いまだけ」
「俺、一応健全なオトコなんだけど」
「でも、シカマルはストイックだから」

 あのなぁ。そう言って困ったように微笑む顔は、やっぱり切なげ。うっとりする。

「知ってる?ストイックのホントの意味」
「禁欲的、でしょう」
「ああ…つまりは、抑えこまなくちゃならないほどの欲望を持ってる人間ってこと」

 で、俺ってそういうオトコなわけ。鮮やかに口の端が歪んだ。



行くよ、一緒


いちどはじめちまったら、やめらんねえから。
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