アイエヌジー

 ポケットから響く振動音に、肩が揺れた。やけに静かな教室、アスマ先生のひたすら低い声だけが延々と続いている。シカマルは机の下、かちり、携帯のディスプレイを覗いた。

(た い く つ)

 ひらがな4文字だけのメールに、ついつい口許がゆるむ。
 彼女がこうやって文字と文字の間にスペースを入れるのは、強調したいときの癖。振り返って、斜め後ろを見たら本気で暇そうな顔の彼女。
 くく、咽喉の奥には笑いがこみあげる。どこか放心したようなその表情すら、可愛くて仕方ない、と思った。

 全力で退屈に抵抗しようとしたのだろう。机の上には隅っこにパラパラ漫画的な落書きのされた教科書(ヒマのたびに書き進めているらしく、もう少しで教科書の最後のページまで到達しそうだ。いつか見せてもらおう)。それと、大量の消しゴムのカス。

(確かに)

(奈良も?んじゃメール付き合って。というか付き合え)

(おう)

 彼女の男前な誘いかたに、ぐらりときた。かわいらしい風貌に、男よりもさっぱりした性格。甘い声に、毒舌。その種のギャップに俺はとことん弱いらしい。

(アスマの授業って、死ぬほどヒマ…イイ声なのに、聞いてたら眠くならない?あ。イイ声だから、か)

(だな)

(そうそう。今日、帰りどうする?あの店寄っていいかな)

(おう)

 どうせ俺がNoなら、ひとりででも行くくせに。誰かが一緒じゃなきゃ動けないような女じゃない。放っておけば、どこまでもひとりで行ってしまう。だから目が放せない。そんな風に思っている自分が面倒臭い。

(さっきからずっとだけど…返事、短かっ。面倒臭い?)

(まあな)

 うなじに視線を感じて、ふたたび振り返る。あくびのでる寸前みたいなやわらかい顔。

(勘違いすんな。打つのダルいだけ)

(わかってますって、奈良のことくらい。じゃあ、やめようか)

(いや。抜ける)

(サボリ?)

(ああ。屋上な)

 了解、あとで行く。携帯画面をぱたり、閉じる。

「先生、便所…いいすか」

 彼女を見ないまま、そっと席を立った。







 退屈というよりは眠たかったんだ、と気付いたのは、屋上についてから。奈良の肩に頭をのっけて、さっきのくだらない会話の続きをしていたはずが、いつの間にか寝てしまったらしい。
 教科書の隅っこの落書き漫画がもうすぐ完成しそう、見たい?ああ、お前がいやじゃなければ。という会話の途中で、記憶がぷつりと途切れている。

 目覚めたときには、奈良の膝を占領するばかりじゃなく、制服の上着までしっかり拝借していた。あったかい。

「ごめん、寝てた」
「別に。寝顔見れたし」
「ばか」
「どんな夢みてんだよ、中川とか奈良とか必死で名前よんでたけど」
「へ?」

 奈良はニヤリとお得意の笑みをうかべている。髪を撫で続けている掌が心地いい。

「俺、出てたんだろ」

 ツッコミを入れられて慌てた。たしかに私は、さっきまで夢のなかにいて。中川ってのは誰だかわからないけど、奈良とはたぶん、キスをしていた。それも、いつもの軽く触れるようなヤツじゃなくて、かなり濃厚なねっとりしたヤツ。
 やけにリアルな感触が、唇に残っている。もしかして、欲求不満なんだろうか。それとも、奈良の匂いを嗅ぎながら寝たから?
 パラパラ漫画のネタも、男の子と女の子が頬っぺたにキスをするシーンだし。いや、自分たちに変換できないくらいの小さな子たちだけど。でも。
 どんな夢をみていたか、なんて、とても言えない。

「覚えてない」
「へぇー……」

 また、ニヤリ。なんだその顔。お前のことなら全部お見通しって、声が聞こえそうな顔。

「なに」
「いや、べつに」
「奈良…気持ち悪い」
「そんなこと言うんだ?」
 じゃあ、思い出させてやるよ。

 膝の上から抱き起こされる。間近に迫った首筋で、咽喉仏が隆起していた。

「な、奈良!?」
「夢と現実と、どっちがいいか比べればいいだろ」

 そんなの、比べるまでもないんですけど。答える前に、とっくに唇はふさがれていた。ここ、屋上なんですけど。というより、これはまだ、夢の続き?

 loving、kissing、dreaming…


アイエヌジー
ただいま私、現在進行形で彼に襲われています。
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2009.10.27 mims
みゅうさまより頂いた、アイエヌジーの裏側。アスマのお話はこちら >> 予感
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