アイス食べる?
年に一度のこの日、たいていカカシはふらふらになって帰ってくる。理由は簡単、バレンタインデーだから。
遠い国の風習だか製菓会社の陰謀だかがこの里にまで入り込んでいることに驚きながら、私はいつも静観するタイプ。
甘いものは好きだから、必ず全部持って帰ってねとお願いする恋人にカカシは最初の頃こそ不満げな顔をしていたけれど、いまではすっかり慣れたのか、両手いっぱいの愛情を手に今夜もご帰還のようだ。
「おかえり」
「……参ったよ、今日も」
「お疲れ様。色男は辛い…ですか」
「まあ、ね」
抱えきれないほど大きな紙袋を受け取れば、一斉に甘い匂いが押し寄せる。美味しそう。
ここからは毎年同じ作業の繰り返しだ。ひとつひとつを丁寧にとりだして、見るからに本命って空気の漂う手作りチョコと、義理チョコの山に分ける。流石の私でも心のこもったチョコレートには手を出せないから。
でも今年は随分数が多くて時間がかかりそうだ。
「カカシ、お風呂入ってきたら?」
「お前は?」
「お先にいただきました」
「残念…」
一緒に入りたかったのに、と耳元で囁かれて手が止まった。そうやって私の弱い声を注ぎ込むのはやめてほしい。動けなくなるから。
斜め後ろの顔を睨めば、いつの間にか額宛てを取った両目に見つめられて、なおさら動けなくなる。
「……早く行けば。作業できません」
「そーんな顔見せられたら、名残惜しくなるんだけど」
するり、手甲を付けたままの長い指が口布を下ろす所作にすら見惚れる。何年も付き合っているのに、どうしてもカカシの顔の全体像がじりじりと見え始めるこの瞬間には慣れない。
カカシが眦をさげて、眩しいものでも見つめるように目を眇める。いったい私はどんな顔をしているんだろう。そう思った瞬間に、唇を柔らかいものが掠めた。
「……っ、不意打ち禁止!」
「ええ?そんなことないでしょ」
「それはカカシが決めることじゃありません。私がそう感じたなら、そうなんだよ」
「ま、いいや」
続きはまた後でねー。と言い残してバスルームに向かう彼の背を見ながら、ほうっとため息をついた。
今ので寿命が縮まった気がする。そんなバカなことを考えつつ手の動きを再開して、すべてを分け終わる頃にはやけに喉が渇いていた。
今日はちょうどお風呂上がりのタイミングでカカシが帰宅したから、恒例のアレを食べていない。思い出して冷蔵庫に向かい、一口頬張ったところで、後ろからぎゅうっと広い胸に包まれた。
「カカシ…気配消すのやめて」
「ごめんね」
「全然反省してないくせに」
「バレちゃったか」
「当然です」
ドキドキする胸を抑えて、カカシの両腕をそっとほどく。さっき不意打ち禁止って言ったばかりなのに、と顔を見上げれば満面の笑顔。
「今年は随分たくさんだったね」
「嫉妬とかしてくれた?」
「お返しが大変だなって。まあ、ほどほどに…」
その気もないのに期待させてしまったら、乙女心を傷付けるからね。言葉を続ける私に、カカシはちょっと寂しそうな顔を見せる。
まったく妬いてないわけじゃないんだけど、ね。調子に乗られたら困るから言ってあげない。
「ところで、お前からは?」
「あんなにたくさん貰ってるのに要らないでしょう?」
「それとこれとは別!」
さっきの寂しげな表情は嘘みたいに消え失せて、やけに自信満々なカカシに、また不意打ちで唇を奪われた。
アイス食べる?いや、こっちのほうが甘そうだから。