視界ゼロの焦点

 興味津々なんすけど――
 わざと冗談めかしてそう言えば、彼女は大きく目を見開いたあと、ふわっ、口に含んだ甘い甘いメレンゲが溶けるようにやわらかく表情を崩した。

「……ばか」
「嘘じゃねえっつうの」
「ん。知ってる」

 照れ隠しの敬語で、それでも断言したこと。俺なりの精一杯選び抜いた言葉。その本当の意味に、彼女はちゃんと気付いてくれただろうか。

「帰るか」
「そうだね」

 いつもよりほんの少しだけ早く立ち上がって、彼女が文庫本を鞄に仕舞う姿をそっと観察する。ほんのりと染まる耳はきっと夕陽のせい。分かっているのに、やけにどきどきした。
 グラウンドからはバットに当たる球の音に混じり、まだ部活をやっている生徒たちのかけ声が遠く聞こえている。だけど、淡いオレンジに染まったこの教室には俺と彼女の二人だけ。

「行くぞ」

 ぶっきらぼうな口調で二人分の鞄を手に教室を出る。後ろをついて来る彼女の気配がくすぐったい。すれ違う奴らと「バイバイ」「またな」挨拶しながら、肩を並べて歩く。
 当たり前でいつも通り。少しだけ。ほんの少しだけ俺の顔が熱いのも、きっと夕陽のせい――





 三連休は、真昼間から用もないのにキバやナルトと集まった。休みはたいてい三人で適当なことをして時間をつぶす。いつまでも、ただのガキみたいに。

「で、どうなってんだよ」
「どうって何が?」

 咄嗟にごまかしたけれど、キバからは逃げられないことなんて百も承知だ。にやにやと面白がる悪友たちの表情を見つめて、シカマルはそっとため息をもらした。

「白々しいこと言うなっつの!シカちゃんのケチ」
「ケチって…んだよそれ」
「隠そうとしても 無 駄 」

 得意のポーカーフェイスもキバの嗅覚の前では無力なのか、それとも隠しきれないくらい俺から有頂天な空気が滲み出ているのか。おそらくその両方だ。

「別に何もねぇっつうの」
「シカちゃんの嘘つき」
「………」

 結局のところごまかしは全くのスルーでうっとうしいくらい根掘り葉掘り矢継ぎ早に質問攻めにされて、休みあけ誕生日なんだしこのままじっとしてるシカちゃんじゃねえよな?とか何とか、あることないこと揶揄混じりに詰め寄られて。終いには面倒臭くなって洗いざらい話すハメになる。そこまでは予想通り。
 なのに、渋々口を割った後のキバとナルトの反応までそっくり予想通りすぎて、変な笑いが込み上げた。

「は…!?それって告白?」
「俺はそのつもりだけど」
「興味津々って、それだけでちゃんとあの子に通じてんのかよ?」
「たぶん、な」

 わざと曖昧な言葉で濁しながらも、それにはなぜか自信があった。はっきり何を言われた訳でもないし、手を繋いだ訳でもないのに。ほんの短い間、目と目が合った。それだけ。でも、それだけで隣から感じる気配が少し変わっていたから。

「俺には全然分かんねーってばよ」
「まあ……だろうな」

 ナルトの不思議そうな顔に、再び笑いが込み上げる。口のなかでそれを噛み殺していたら、キバにこつん、肩を小突かれた。

「最初くらいもっとちゃんとした方がいいんじゃねーの!?」
「オレはこんくらいでいいっつうの」
「まあ、そういうのがシカちゃんらしいっちゃらしいけどなー」
「えー?俺にはさっぱり…」

 ナルトはもう考えんな。キバはそう言い捨てると肩を竦めて先に歩き始める。それを追うナルトの後に続きながら、シカマルはふっと口元をゆるめた。ごちゃごちゃ口は出すけれど、決定的なことは言葉にしなくてもキバやナルトには伝わっている。その空気が心地好い。

「でもさー、シカマルがあの子と付き合うなんてなんかムカつくってばよ」
「ナルトがいじけても仕方ねーだろ」

 俺は俺、それでいい。それぞれの形とスピードがあるっつうことだよな――前を歩く二人の会話を聞きながら、空を見上げる。まだ真夏みたいな照り付ける太陽に、視界が真っ白に染まった。

「暑ぃな…」


「シカマルー」

 目が眩んだまま声のした方へ顔を向ければ、缶ジュースを放り投げてニッと笑うキバの姿。

「おっつ!っぶね」
「ナイスキャッチ」
「不意打ちはやめろっつうの」

 飛んできた冷たい塊を受け止めて眉間にシワをよせたら、太陽よりももっと眩しいキバの笑顔。

「良かったな」
「おー、さんきゅ」

 プシュ、プルタブを開けた瞬間。一気に撹拌されて泡立ったコーラが吹き出した。「だってシカちゃんだけ抜け駆け、ずりぃだろ?」悪戯っ子のように笑うキバの横で、腹を抱えているナルトを睨みつけ、二人まとめて首ねっこをつかまえて。

「ったく、やりやがったな」

 ベタベタの手を二人の顔に押し付けながらそう口走ったら、やっと実感が降ってきた。

「散々焦れったい想いして見守ってたんだから、」

 こんくらい許されんだろ?と問うキバに、相槌を打つナルトはどちらも思い切り楽しそうな表情だ。俺とあいつ、やっと始まったんだな。本当に。眩しい太陽に目を眇める。白っぽい光を浴びて、あの日の彼女の姿に心を浸す。きれいなオレンジ色のなか、ほんのり染まっていた耳たぶ。


「で?誕生日は一緒に過ごすんだろ」
「るせぇ、放っとけっつうの!」
「あ。シカちゃん照れてるってば」
「…………」

 じんわりと火照る顔はまた太陽のせいにして。無言のまま、甘ったるくべとついた指でナルトの鼻を抓み上げた――

 たまにもやもやと色々考える。あー、こういう時あいつ相手だったらどうするんだろうとか、あいつだったらどんな反応するんだろうとか。こうしたら笑うかなとか、もしかしたら怒るかもしれないとか。



視界ゼロの焦点

そういうとりとめのない事を、いろいろと考える。
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