√0 (ルート・ラヴ)

 放課後に教室の窓から空を眺めるのがシカマルの習慣で、私はそんな彼の横顔を眺めるのが習慣だった。いつからか。真っ黒な睫毛は意外に長いのだ、と気付いたあのときから――

 美しいものを観察するのはすき。形のよい耳たぶでシンプルなピアスが鈍い光を放っている。夕陽を受けてオレンジ色に。これから陽が落ちて薄暗くなって、互いの輪郭がぼやけて滲むまで、私たちはたいして会話もせずに各々思い思いの観察を続けるのだ。

「別に無理して付き合ってくれなくていいっての」
「無理は、しない主義」
「…知ってる」

 潔く額を出した髪型。あらわな耳とうなじを斜め後ろの席からそっと見つめながら、私はひたすらきれいだなと思い続けている。恋愛感情についてはよく分からない。好きか嫌いかの二元論でいうならば前者であることは間違いないけれど。もっと単純。きれいだから見たくなる、それだけのこと。
 雲が風に流されて形を変えるたびにわずかに眇められる瞳だとか、空が色を変えるたび微かに揺れる睫毛。頬杖をついた指先が押し潰す顔の輪郭。目の前に広げた文庫本を読むふりをしながら、こっそり盗みみる彼は、いつも心をゆさぶるのだ。
 そこらの美人さんよりずっときれいだよね。ちいさくため息を吐き出して、文庫本に視線を落とす。シカマル観察も好きだけれど、活字も負けないくらい好き。すこし集中しはじめた頃、いつも横顔に視線を感じる。でも顔をあげればやっぱりそこには、空を見ているシカマルがいるだけ。
 気のせいか。心の中で呟いて、ぬるくなったコーヒーを一口含んだ。


「ずっと前から言おうかどうしようか迷ってたんだけど」
「んだよ?」

 話を切り出したのには、深い意味などまったくない。強いて理由をつけるなら、ふたりきりの沈黙がその日はなぜかやけにくすぐったかったから。自分から切り出しておいてすぐに後悔したのだけれど、途中でやめる訳にはいかなくて。
 振り返ったシカマルのやわらかい表情に息を飲みながら、「たいした事じゃないよ」と牽制した。
 彼はいつからこんなふうに大人びた空気を纏うようになったのだろう。小さな頃からずっと近くで見てきたのに、その日の一瞬がざわりと胸を騒がせた。

「気のせいなのか意図的なのか確信が持てないことが、ある」

 勿体振ってそう告げれば、彼は涼しい視線を流し興味なさそうに口の端をきゅっと持ち上げて笑った。

「なにその顔」
「……は?」
「馬鹿にしてる?」
「んな訳ねぇだろ。変な言い掛かり付けんなっつうの」

 くつくつと笑う顔を睨みつける。言いたいことはたくさんあった。たとえば。いつもこっそり見られている気がするとか。たとえば。ちらりと視線がさまよえばいつでもがちりと噛み合うとか。たとえば。よく見る笑顔が、なんとなく違って見えたりとか。たとえば。ぼんやりしている時に、君のこと考えたりしていたりとか。たとえば。その理由とか。たとえば――

「俺はいつもお前の言うことすべてに興味津々なんすけど」

 でも。
 低く掠れた声が茶化すようにそう告げて、うっとりするようなはにかんだ表情が私を見下ろして。くしゃり、髪を撫でられたらそんなこと全部どうでも良くなった。



√0 (ルート・ラヴ)

あいつら、いつになったらはじまるんだろう(傍目からはラブラブです)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -