ハロウィン爆発しろ

 その日の悲劇、というか喜劇というか、とにかく悲喜こもごものあれやこれやの火蓋を切ったのは女帝・五代目火影 綱手姫の高らかな一言だった。

「ハロウィンだ」
「は?」
「ハロー何ですか?」
「ハ・ロ・ウィ・ン」

 連呼されたところで、困惑が解消される訳もなく、だから何だという疑問を明らかに表情に滲ませたまま立ち尽くす男二人。特別上忍・不知火ゲンマ、中忍・奈良シカマル。
 わざわざ緊急任務だと特上クラスを呼びつけた上でのこの仕打ちはいったい何の嫌がらせだろうか。このまま無言で振り返り、火影室の扉を閉めて立ち去ってしまいたいという強い欲求と戦った末に、ゲンマが捻り出せたのはたった一言。「はろ、うぃん?」綱手の言葉をなぞるのみ。だって、意味が全く分からないのだから仕方ない。
 そんなゲンマの戸惑いを掬い上げて、出来る後輩が嫌々ながら口を開く。悪い予感しかしないのは二人共通の感覚らしい。

「なんなんすかそれ」

 問えば藪蛇になるのが分かっていて、それでも問わずに済ませられないのが非常に辛いところである。

「お前らハロウィンも知らんのか 遅れてるなあ。あれだよ、あれ」
「どれっすか」
「ハロウィンと言ったら、あれだ。不景気を解決すべしという素晴らしい目的のもと、お菓子と各種コスプレ衣装とその他もろもろの商品で世間にお金を回らせるため、様々な企業が一致団結して練りに練った末に出来上がった渾身の共同企画、みたいなもんだよ。これを里に取り入れればめでたく里の借金もすべてチャラだ」

 すみません今の説明聞いたら余計に分からなくなりましたし、そもそもチャラにしなければならないのは里の借金というよりも五代目の個人的な負債の方なのでは?と言いたい気持ちを飲み込んで「はあ」と気のない返事をしたシカマルに降ってきたのは、綱手の上機嫌な声。

「という訳でお前ら二人に任せた」
「俺も!?」
「ハロウィン、だからな」

 なにを!?と言いたい気持ちをぐっと飲み込んでゲンマは項垂れる。上機嫌・横暴・理不尽な命令。こうなった綱手を止める術がないことは、これまでの経験でさんざん身に染みていた。逃れようと下手な画策をすればするほどドツボに嵌まってエラい目に遭う。仕方ない、受けるか。
 という訳で、しぶしぶ「御意」と答えたはいいが、結局のところ さっぱり要領を得ないままなのである。手元には「これを参考にしろ」と得意気な女帝に渡された薄っぺらい紙切れがたった一枚。

「これ、なあ」
「お前らならクナイでちょちょいと細工すりゃすぐだ、って言ってましたけど 五代目」
「つってもなあ」
「とりあえず指定場所に向かう、以外の選択肢はないっすよ」

 肩を落として全力で意気消沈してみたところで誰かがこの役目を肩代わりしてくれるわけでもなく、「はろうぃん」という聞き慣れない言葉をまるで神様のお題目のように掲げて、理不尽かつ意味不明な命令をする五代目に反論することもできない。そう、結局はやるしかない。やるしかないのである。
 でも、やる、ってなにを。
 疑問とおそろしいまでの不安を抱えつつ、歩く二人の足取りは重い。やっと、作業場所にと指定された場所へ到着してみれば、無造作に転がるかぼちゃ達。のみ。なにこれ。

「行けば分かる、って言ってましたよね」
「分かるか?」
「いや、さっぱり分かりたくねえっす」

 分かりたくはないけれど、どんなに分かりたくない事でも哀しいかな分かってしまうのがシカマルである。
 1.転がるかぼちゃ
 2.クナイでちょちょい
 3.紙切れ
 三つのキーワードとこれまでの綱手の言動から得た数々の経験を重ねあわせて考えれば、出来ることのバリエーションなんて知れている。

「作れ、ってことなんでしょうね」
「だな」

 という訳で、クナイを片手に黙々と作業をはじめた二人は、数分後 揃って道具の正しい使い方について思いを馳せることになる。
 クナイ。
 クナイとは忍の七つ道具の一つとされる両刃の道具、のはずだ。おもに戦うための道具である。武器である。平らな鉄製の爪状になっているため、壁を登ったり、壁や地面に穴を掘るなどの使い方をしたり、後部の輪状部分に紐や縄を通して使用することもある。手裏剣代わりに投げたり、確かに多用途に使われるものだ。万能の道具、だけれども、いったい今のこれはどうなんだ。かぼちゃを切り刻む手元を見つめて二人は同時にため息をついた。
 きっとクナイが泣いてる。クナイにもしも人格があったら間違いなく今頃泣いてるはずだ、号泣だ。というより俺たちが泣きたい。さっきから、ため息しか出ない。

 さて、このあたりで状況を説明しよう。
 シカマルとゲンマはクナイを手に、先程からデカイかぼちゃと向き合っている。目の前には五代目お手製による汚ない落書き。常人には判別不能なレベルのミミズが這ったような文字とも絵ともつかぬものを眺めつつ、それを何とか形にしようと万人には及びもつかない精神力によってため息を飲み込んでかぼちゃを刻み続ける哀しさといったら、もう言葉に表しようがない。
 ああ。これもしかして綱手サン、酔った勢いで書いたんじゃねえだろうか。このぐだぐだ具合、間違いない きっとそうだ。思った瞬間にシカマルの口から愚痴が漏れた。

「ゲンマさん…」
「ん?」
「なんで俺らこんなことしてるんすか」
「知るか!五代目の考えることなんてわかる訳ねえだろ」
「そうっすよね」
「考えるより手ェ動かせ」
「うす」

 考えても無駄なことは、二人とも最初から分かっている。分かりたくねえけど。とにかく、一刻も早くこの意味不明の行為から解放されたい。それだけだ。

「つうか、さ」
「はい?」
「勿体ねぇよなあこの中身。かぼちゃは食うモンであって、子供のお遊びみたいに切り散らかすモンじゃねえっつの」
「五代目に言って下さいよ」
「言える訳ねえだろーが。これ多分88%くらいはかぼちゃ愛好家の俺に対する嫌がらせだろ」
「あり得ますね」
「ったく、何なんだこりゃ」
「ジャック・オー・ランタンとか言う代物らしいっすよ」
「またあの人は他国の言葉を嬉しげに使いやがって。こんな下手くそな落書きだけ渡されたって何が何だか」
「多分っすけどこれ 顔…」
「ああ!な」

「なるほど顔か、これ」と呟いたゲンマは、クナイを握り直す。うんうん、と無言で頷く姿を見ていたシカマルは、さらにため息が漏れそうになった。

「なんでも他国のお化けだとか」
「へぇー」

 ということは、今まで完成形も分からないまま彫り進んでいたのかこの人は。どうりで、クナイの動きが定まらなかった訳だ。放っておいたら、目とも鼻ともつかない異物が誕生することになっていたのかもしれない。それはそれで面白そうだけど。

「…シカマル、お前の彫ってるその目、ちっとおかしくねぇか?」
「そうっすか?」
「オカシイ。間違いなくオカシイ」
「そう言うゲンマさんも、口歪んでますよ?」
「いーんだよ、オバケなんだろ?」
「いいんすかね。五代目のことだから出来が悪かったらまたやり直し命令しそうじゃねえっすか」
「断固拒否」
「いや、俺に言われても」
「とにかく断固拒否だ。愛するかぼちゃを二度と無意味に切り刻むことなんてできん」
「食う時も切り刻んでるじゃないすか」
「あれは美味しく食う為という大義名分があるから別。無意味じゃねえから」
「はあ」
「それにしても」
「「硬い」」

 そんなくだらない会話をしつつ、カボチャを彫り続ける二人。きょうも木の葉の里は平和である。

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2013.10.31 mims

●里に帰還後報告に行ったついでにうっかり綱手サンに「あの二人は一体なにしてるんですか?」などと尋ねてしまい「お前も手伝え!命令だ」の流れで結局ゲンマ達とならんでジャック・オー・ランタンを作らされることになってしまった不憫なライドウさん
とか
●「どうせ飾るのはここだろ」とアカデミー近くに飾ったが為にさんざん子供にいじられて辟易するゲンマさん&シカ
とか
●煙草をくわえて「お、やってるな」と登場したアスマが、実はとっくに同じモノを作っていて(もちろん綱手サンにやらされた)それがゲンマやシカの作ったものとは比べ物にならないくらい良い出来だったがゆえに、二人(おもにゲンマ)が対抗心を燃やして「もう一度挑戦だ!こら!」ってなってしまうドタバタ喜劇シーン
とか、もしくは
●ざっくざっく切り刻んでるところに、アスマが通り掛かって「お前ら何する気だよ…」てげんなりするシーン
とか
●ひとり気楽に高見の見物を決め込んでいたことがバレて、ドラキュラ伯爵あたりの仮装をさせられる羽目になってしまった可哀想なアオバ(でも きっと超格好いい!→故にみんなが嫉妬→なぜかコスプレ大合戦勃発→私がしあわせ)
とか
本当はもっと色々いろいろ書きたかったんですが、欲張って盛り込みすぎたらきっと収集が付かないうえに到底ハロウィンには間に合わなさそうなのでひとまずここでUP。
またの機会に…
「#年下攻め」のBL小説を読む
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