きょうは何の日?

 季節は秋。そろそろ朝夕は涼しくて過ごしやすい日も増えてきたという9月下旬のある夜のこと。

「あけましておめでとうシカマル」

 彼女から唐突にかけられた意味不明な台詞にほんの一瞬だけ戸惑ったあとその本来の意図にすぐ気がついたのだけれど、シカマルはわざと困惑しているふりをした。
 もう一度言う。季節は秋、天高く馬肥ゆる秋、食欲の秋、読書の秋、そして芸術の秋。
 秋、だ。

「…は?」
「だから、あ・け・ま・し・て・お・め・で・と・う!」

 秋だっつうの。

「正月からもうかれこれ九ヶ月目なんすけど。今年も残りあと100日ってとこなんすけど」
「正月…?」

 俺の言葉を聞いてはじめて彼女はシマッタという顔を見せる。なんて分かり易いのだろう。そう。明らかに言い間違えたのだ、彼女は。「あけましてじゃなかった私のバカ」って顔に書いてあるのを見てシカマルは苦笑した。
 本当はたぶん「お誕生日おめでとう」と言いたかったのに違いない。言ったつもりだったのかもしれない。だって今日は9月22日だから。俺の生まれた日だから。彼女が、とるものも取り敢えず仕事を切り上げて午前様になる前にダッシュで滑り込んできてくれたのは、誕生日を祝ってくれるつもりだったからに決まっている。

「う」
「間違えたんだろ?」
「……や、」
「間違えましたごめんなさい、は?」
「な!なんで祝福したのにお礼じゃなくて謝罪を要求されなくちゃいけないの ぜんぜん意味分からない」
「…」

 間違えたのがわかっているのにわざわざ指摘する俺は意地が悪いのだろうか。意地悪な彼氏に意地っ張りな彼女。彼女はきっと自分の間違いを認めようとしない。そういうところも嫌いじゃないしすっかり慣れっこになってはいるのだけれど、たまには一言くらい言ってやりたいときだってある。
 だいたい、間違えたのがなぜかと言えば彼女がいそがしすぎるせいなのだ。忙しさで余裕がなくなると分かりやすくうっかり率があがるのが彼女の常で、つまりは「うっかり率=彼女の日常疲労度のバロメータ」なのである。なにも意地悪を言いたい訳ではなくて、ましてや誕生日なのに間違われたことに腹を立てている訳でもなく、俺が心配しているのはそこのところ。
 些細な言葉すらうっかり言い間違えるほど疲れを溜めるな、もっと休め、休むのが無理ならせめてもう少し早く帰りやがれ、とそう言いたいだけなのだが、当の本人は俺の心配になど全く気がつきもせず眉間に皺を寄せている。そんな顔ばっかしてたら変なシワ出来んぞ、と言いたいところをグッとこらえてシカマルはため息をついた。

「今年も1年が無事に明けて良かったね シカマルそこそこ健康だし たいした怪我もしてないし おまけに頭もはげたりしてないし 男前度下がってないし ほんとに良かったね 何事もなく365日があけました めでたい!の、あけましておめでとうじゃない。わたし何も間違ってないし」
「はいはい」
「間違ってない!」
「分かったっつうの」
「ありがとう、は?」

 そんな勢いで喋らなくても別に俺は彼女を責めているわけではないし、「間違えた ごめんね おめでとう」の三言で済む話じゃないかと思わないでもないのだけれど、ここで例えば俺が食い下がったとしたら彼女は疲れた脳を酷使してまたあることないこと理由を並べ立てるのだろうし、ひねくれた正論を捻りだそうとするのだろう、そして散々喋ったあとでシカマルのせいで余計に疲れた責任取ってとかなんとか理不尽な言葉を吐くのだろう、と近い未来が容易に想像できたので、シカマルはだらりと下げていた片手を彼女の頭に伸ばした。
 くしゃくしゃと髪をなでながら「サンキュな」と言えば、彼女はやっと満足そうな表情をして「最初からそう言えば良いのに」などとのたまう。心地よさげに眇められた瞳がやわらかい。

「素直じゃなくて悪かったな」
「ほんとにそうだよ。だいたい人間ってのはそもそも間違える生き物なんだからね。そこをいくらつつかれても仕方ないし」

 半分目をとじて、気持ち良さそうに緩んだ口調で彼女は続ける。頭をなでてやるといつもそうだ、ゆるゆると彼女から力が抜けていく。眉間のシワも薄らいで、口角が上がっている。自分から要求したりはしないけれど、彼女は俺に頭をなでられるのが好きらしい。

「つついてねぇっつうの。つか、お前いま自分で間違えたって認め、」
「てない、よ。ちがう。一 般論だから」
「はいはい一般論な」
「そう。あくまで一般 ロン であって、私のさっきのあけましておめでとうは間違いじゃない から、ね」

 撫でられるたびに弛んで、だんだん呂律がばらついていくところが可愛くて仕方ないから、ついついわざと喋らせようとしてしまう辺り、やっぱり俺って意地が悪いんだろうな。

「へいへい。で?」
「心から の、おめでとうなんだ、から」
「ん」
「心から、おめ で と…って。生まれて、来てくれて アリガ…ト……」

 なで続ける指に眠気を誘われたのか、それとも目をとじているせいなのか、こっくりこっくり数度船を漕いだあとに彼女はぴた、と動かなくなった。

「ったく、電池切れぎりぎりかよ」

 そんなにまで疲れているのにそれでも祝おうと思ってくれる気持ちが嬉しくて。軽い肩をとん、と押せば簡単に膝に倒れこんできた彼女の無防備な寝顔に口元がゆるむ。
 目にかかる髪をかきあげて、半開きのくちびるの輪郭をそっと指先でなぞると、くすぐったそうに肩がゆれた。

「彼氏祝うときくらい意識保ってろっつうの。バーカ」

 幸せそうに膝で微笑む彼女にむかってもう一度「ありがとな」と呟いて、コツンと額を小突いたら消えそうな声が俺の名を呼ぶ。
 しがみついてくる指のあたたかさと半分溶けてしまった掠れ気味のまあるい声に不意に泣きたくなって、なにもかも委ねきった子供のようなあどけない寝顔を、いつまでもいつまでもみつめていたいと思った、そんな秋の夜。

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20101012
鹿誕遅れてごめんなさい。わたしの初心。
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