超現実主義ドリーマー

 お前絶対見んなよ、とキバがいった。
 七夕を明日に控えた夜、半分雨にぬれた笹に短冊を飾りながら。

「見ないよ」
「絶対だからな」

 緑色の葉っぱに雫がのって、するするとすべり落ちる。ときどき遠くで光る稲妻に照らされて、雫がきらきらと光る。
 短冊が濡れないよう屋根のうちに引き寄せながら、もう一度キバがいう。

「見たらコロス」
「はいはい分かりました」

 あんまり真剣な顔をしているので、おかしくて口元がゆるんだ。
 知ってる?そんなに牽制されると、逆に見たくなるものだって。人間はそういうあまのじゃくな生き物だって。まあ、見ないけど。見なくてもだいたい分かるし。

「なに笑ってんだよ」
「べつに」
「言えっつの」
「男の方がロマンチストだって説は本当なんだな、と思って」

 るせ!吐き捨てるように言う姿に羞恥が滲めば、なおさらおかしくなる。
 この分じゃ、今年も無理かなあ。

「でもさ、どうなんだろうね」
「なにが」
「だって明日も雨だよ」

 予報では降水確率80パーセント、と続ければ不機嫌そうにキバに睨まれる。私を睨んだ所で雨はやまないし、そもそも私はどっちでもいい。天の川は純粋に観察対象としてはきれいだと思うから、あの星空が見られないのはちょっと残念だな、ってそれだけ。

「信じてれば晴れる」
「信じてるんだ、キバ」
「悪ぃか」
「織姫と彦星ね…」

 やっぱりキバはロマンチストだよ。と言ったら、肩を小突かれた。
 たとえば織姫と彦星の話が夢物語ではなく、はじまりは真実だったとして。いったいそれから、どれだけの長い月日が経っているのだろう。人と人は、それだけ長期間気持ちを維持できるものだろうか。それも、超遠距離恋愛で。一年にたった一度しか会えないのに。

「だって何百年も前だよ」
「は?」
「正直私は、織姫と彦星が本当に今でも想い合ってるのか怪しんでる」
「女のくせに夢なさすぎだろ」
「そうかな。実はもうお互い別の相手がいる、って方が現実的だと思うんだけど」
「バーカ」
「別の相手がいるんだけど、いまやなぜか自分たちの一年に一回の逢瀬が国民的行事になっちゃってるから、仕方なく一応会っておかないと…みたいな」
「黙れ。俺の夢を壊すな!」

 乱暴に吐き捨てて、キバの手が伸びてくる。避けきれずにふらついたら、てのひらで口を塞がれた。しっとりと湿って、あたたかい手。遠くで雷鳴がひびく。

「ったく、お前は」
「……」
「リアリストもたいがいにしろっつの」

 口をふさいでいた手で、コツンと額を叩いてキバがそっぽを向く。拗ねている仕草はまるで子供のころから変わらない。はなれた体温を、ちょっとだけ寂しく思った。

「だって、存在すら不確かなものに願いごとを託すなんて、無意味じゃない」
「るせ」
「いるかいないか分からない織姫と彦星よりも、もっと託すべき人がいるでしょう?」

 ここに。と続けてほほえめば、ふたたび私を捉えたキバの切れ長の目がせいいっぱい見開かれる。透き通った白目のなか、ちいさな黒目が泳いでいる。

「んだよそれ」
「そのまんま、ですけど」
「……」

 もしかして、まさか、いや、そんなはずは、でも、やっぱりそれって、いやいや期待するな俺。キバの心の声が聞こえてくる。読心術なんて知らないけど。だけど、キバの考えていることはなんとなく分かってしまう。
 動揺を映して瞳はゆれる。息を詰めて見下ろされると、私にまで緊張が伝わるからやめてほしい。

「キバの目の前にいるのは誰?」
「…お前?」
「なんで自信なさげなの。私以外に誰か見える?キバってそんな見えないものが見えるような特殊能力持ってたっけ、」
「持ってねえけど」
「じゃあ別の生き物の匂いがする、とか?」
「しねえ」

 ちら、と視線が短冊に流れて、またすぐに私のほうへ戻ってくる。

「お前、もしかして、…見た?」
「見てない。殺されるのやだから」
「だったら、」
「見なくても分かる。キバのことなら大抵」

 ずっと見てきたから。だから、今年こそあと一息頑張れ。
 私もいい加減、待ちくたびれたよ。

「なあ、」
「ん?」

 やけに真面目な声に、斜め上を見上げれば。さら、黒い髪がゆれる。雨の匂いとキバの匂いがすぐそばで混ざりあう。
 さっきはなれたばかりの体温が顎を掬って、黒目がきゅっと細まって。ばかみたいに震えるくちびるが そっと、そっと降ってきた。

超現実主義ドリーマー

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