自由落下は指先から

ぱさり。結った髪を解くシカマルの所作を見ると、いつも胸の奥がきゅうっと痛くなる。
鼓動は勝手に早まって、頬が染まるのが自分でも分かる。

何故だろう、情事の始まりを想像させる仕草だから、だろうか?

今は、別になんて事のない食後のひとときで。勿論、色っぽい空気は微塵もないのに(お腹がいっぱいになったシカマルは、寝転ぶ為に髪をほどいたのらしい)。
まるでパブロフの犬みたいだ。
条件反射も、ここまでくれば重症かも。



「んだよ」
「……え?」
「いや、口…開いてんぞ」

くくっ、シカマルお得意の笑みが漏れて、ますますドキドキする。

無造作に肩へ手を置いて、彼が顔を近づける。
さらり、重力に従って肩を滑る髪からは、大好きなシカマルの匂い。その微かな香りが、更に脈拍を乱れさせる。

歳下の男にひそかに翻弄されている自分は、滑稽だけど嫌いじゃない(相手がシカマルだから、もう100%不可抗力だし)。



「ほら」

耳元で囁いたシカマルが指差したのは、部屋に置かれた大きなミラー。
すらりと伸びた指の延長線上、ちょうど私の座っている場所からは、自分の姿がばっちり映っている。

あ…ホントに口開いてる。
結構、間抜けだ。

「な…?」
「ん」

照れ臭くて口許を押さえたまま、ミラーを睨む。
いつもとほんの少しシカマルが違って見えるのは、左右反対に映っているからか。その少しの違和感が案外魅力的に思えて、目を離せない。
端正で、少しの狂いもなさそうなシカマルの顔なのに(それでもやっぱり左右対称じゃないんだ?)。



「また、口開いてるんスけど」
「…!」

鏡の中で視線を合わせたまま、シカマルが髪にキスをする。
下ろした黒髪が頬にかかって、表情なんて半分も見えないのに、ちらりと覗く口元はやけにセクシーだ。

見慣れない鏡越しの姿が、私に見せる錯覚?

俄かに艶を帯びたシカマルに見惚れる。
頬に降ってくるキスを受け止めながら、視線は鏡のなか。
きゅっ、歪められる唇がいつもと反対なのも、シカマルに愛でられている姿が全景で見えるのも、揃って私を変な気分にさせる。

「なまえ」
「何?」

吐息が耳にかかる位置で、聞こえる掠れた声。

「随分気に入ってんだな…」
「え?」




「鏡……、そんなにイイ?」

見透かされたのが恥ずかしくて俯いたら、顎を持ち上げられた。

鏡よりずっと近く、至近距離のシカマル。
つややかな漆黒の瞳に射抜かれて、心臓が悲鳴をあげる。



「じゃあ今夜はここで、っつうのはどうっスか?」
「…無理、デス」
「試さねぇと分かんねーだろ?」
「でも」
「いやなのかよ?」
「いや…」

拒否の言葉に返って来たのは、鮮やかなまでに不敵な笑み。

な、に…?

ちゅぷ。音を立てて指先を銜えられて。
急にそんなことをされたら、抵抗なんて出来なくなる。

不意打ちで攻めるなんて、狡い。

熱い粘膜が、ざらりと指に絡み付く。
深く口内に捕えられ、舌先が付け根をやさしく辿る。
軽く吸い上げられると、身体から力が抜けて。


「まだイヤっスか?」
「……シカ、」
「ん?」

流し眼に捕まって、身動きも出来ない(イヤな訳、ないでしょう?)。

つくづく"指"に弱いって自覚はある(少しは制御出来たらって、思わないでもない)のだけれど、攻められたら勝手に反応してしまうのだから、仕方無い。

シカマルの綺麗な舌先が、解いた髪の間にちらついて。勝手にのぼせていく頭を持て余す。
くらくら、する。

人差し指から中指、手の甲から手首へ。
ねっとりと嬲られたかと思えば、優しく啄まれて、意識はぐらりと揺らぐ。

やわらかく湿った粘膜は、卑猥な音を立てながら上昇し、吐息が糖度を増す。

与えられる感触に夢中になっていたら、いつの間にか身につけていたものを剥がされていて。

「なまえ…鏡見てみ?」

半ば反射的に動かした視界、映ったふたりの姿に目眩がした。

「すっげーエロい。だろ?」
「ばか…っ」

急いで目を反らしたのに、脳裏に刻まれた映像は消えなくて。

明かりの下。
ふたりの肌の色の違い、シカマルの身体を覆う綺麗な筋肉。
こんな風に、離れた所から自分たちの姿を見るのは初めてだ。

唇の隙間から覗く尖らせた舌が、今にも私の胸に触れそうな所。
ほんのりと染まった自分の肌。
伏し目がちなシカマルの瞳を覆う長い睫毛。

他人の情事を覗き見ているような背徳感。
でも、それが紛れも無い自分たち自身だと意識すれば、鳥肌のたちそうな羞恥心で顔が熱くなる。

絡み合った皮膚同士が与える感覚以上に、視覚的な刺激で官能を煽られている。

見えるのって
こんなにクるんだ?



綺麗な指でつーっと脇腹を撫でられて、思わず背中が反りかえる。

反動でつんと突き出された胸が、なんだか厭らしくて。
それを隠すように、シカマルの首にしがみ付く。

「おねだりっスか?」
「ち!違いま、」

しーっ。シカマルの唇の前に立てられた人差し指が、空中を浮遊して、私の目の前に差し出される。

「舐めてろよ」
「…っん」

ゆっくりと奥に差し込まれる指の形を、口内で感じる。
細いのに骨ばった皮膚が、じわりと舌から身体に染みて行く。
味なんてしないのに、おいしいという感情が沸き上がるのが不思議で。
だけど美味しい。愛おしい。

軽く吸いながら、舌先で丁寧に舐め上げる。
じゅるっと音を立てて、唾液を絡ませる。

鎖骨に吸い付いたシカマルの瞳を見下ろすと、ニヤリと意地悪に笑われた。

「な、に?」

問いかけた瞬間、ぺろり、胸の中心に舌が這う。

ざらつく粘膜のもたらす感覚は、一瞬で意識が飛んでしまいそうなほどに気持ち良くて。

「ほら、アレ」
「…?」

顎で示された先へ、視線を向ける。

「やっぱ、なまえさん すげぇエロいんスけど」
「シカ…っ!」



鏡に映るふたりの姿と

耳元で囁かれる低い声に

がくり

腰が砕けた――



(いつもより、大胆なのな?)

くく…。お前の弱ぇことも、弱ぇトコも、全部分かってるっつうの。


髪を解く仕草。低い掠れ声。耳たぶ、胸。そして、指。



抵抗なんて、最初から無駄だから――


fin
歳下の男に攻められる…

2009.01.13



drawn by MIU
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