スーパーノヴァ


 単純だとかなんだとか、言いたいやつには言わせておけばいい。だって、最後に笑うのは俺だから。


スーパーノヴァ


 必要のないものをわざわざ手に入れて身につけたら、余計なものまで俺の心臓にまとわりついてきた。さっきから、鼓動がはげしい。彼女の匂いが近づくほどに、ばくばくと内側が跳ねている。

「おはよ、キバ」

 うしろから待ち焦がれた声が聞こえて、反射的に背筋がピンとのびた。

「キバ…?」
「お、おう」

 深呼吸をひとつ。ただ振り返って、彼女をみて、おはようって挨拶をかえすだけ。それだけのことがこんなに胸を騒がせるなんて、ばかみたいだ。ホントばかみたいだけど、こわい。みせたい。こわい。俺はバカだ。ばかでいい。

「お・は・よ」
「………」

 聞こえてるっつうの。
 ちくしょー、おさまれ俺の心臓。

「おはよう、って言ってるんだけど」

 やっと。やっとのことで暴れまくる心臓を手なずけて、振り返るのに1分弱。これでもそれなりに必死だった。

「おう オハヨーサン」
「ど、どうしたのそれ」

 なのに。一瞬、ほんの一瞬だけ彼女の瞳がみひらかれて、ゆらゆらと不自然にゆれて。

「っはは、あはは…は」

 聞こえてきたのは笑い声だなんて、こんなのあんまりだ。

「んだよ!」
「何だよって、だってそのメガネ」

 似合わなーい、キバには全然似合わないよ。と、可愛い声が全然可愛くない言葉を吐き出す。ひど過ぎるだろこんなの。

 爆笑されてるんだけど。教室中の注目を一身にあつめる勢いで爆笑されてるんすけど俺。いま、最愛の彼女に。おもいっきり腹かかえて笑われて、背中ばんばん叩きながら笑われまくって、涙ながしながら爆笑され、て。むしろ俺が泣きたい。
 何なんだよこの自虐ネタにもならないせつない展開は。ぜんぜん笑えない。もしかしたらこのまま二度と笑えないかもしれない。

「まじで?」

 搾りだして掠れるような声がでた。なに泣きそうになってんだ俺。

「うん。らしくないよ」

 いったい誰だこんな作戦思い付いて実行にうつしたやつは、出てこい!殺してやる!

 って、
 俺だ……それ、俺。

 しんじまえさっきまでの俺。

「うっせ!」
「どうしたの突然」
「別に、どうもしねー」

 いったい何のためにこんな作戦考えたのかちっとも分からなくなった。彼女はメガネ男子が好きらしいって俺に吹き込んだの誰だよ。効果テキメンとか言ってたの誰だ!効果あるどころか逆効果だったし。俺、まるで彼女専属のお笑い要員っぽいなにかに成り下がってるし。
 彼女はまだ、楽しげに笑いつづけてる。でも、その顔も憎らしいほど可愛いなんて思ってる俺は本物のバカだ。救えない。

「びっくりしたー」
「放っとけよ」

 お前が知るわけないけど、このメガネ結構高かったんだからな。おかげで今月のバイト代ほとんど飛んでったし。ちくしょー。まじ腹立つ、犬塚キバてめぇコノヤロー。

「放っとけないでしょ」
「なんで」
「なんで、って。だってそれ」

 似合わないもん。また彼女が残酷な言葉を吐き出した。隣で慰めてくれる別の奴らの声なんて耳に入らない。全然聞こえない。お前らに褒められたって意味ねぇんだ、彼女でなくちゃ。
 彼女のためだけの作戦だった。だから必要もないメガネを買ってわざわざ学校にかけてきた。なのに一番見せたかった彼女が、俺の顔見るなり一番に笑うってどういうことだよ。こんな悪夢知らない。


「俺、ちょっと走ってくる」
「急になんで」
「なんでも!」

 走る理由?どんなに聞かれたって教えねえ。特にお前には何があっても絶対教えてやんねーよ。ばか。この無神経女。

「ちょっと待って、キバ」

 呼び止める声を振り切って、教室から走り出す。全力で、追いつかれないように。掛け慣れないメガネが鼻の上で飛び跳ねた。

 泣きたいくらい不愉快なことが目の前に訪れたときには走ることにしてるんだ。体中の余分な水分をのこらず蒸発させて、涙腺にまわる分をなくしてしまうため。女々しいのは嫌いなんだ。そういうの柄じゃない。

「待って、ってば」
「無理!」

 いまは絶対無理。お前の顔一目見ただけでダメそう、俺。




 グラウンドを20周して汗だくで戻ったら、下駄箱のそばに彼女が座り込んでた。

「キバ…」
「んだよ」
「ごめん」
「知らね」
「ごめん」

 その声が余りに頼りなかったから。これ以上責めたら消えそうな音だったから。全部水に流してもいいと思った。さっき流れた汗で全部洗い流してやってもいいって。

「…なにが?」
「ごめん」
「別にお前なんも悪くねぇじゃん」

 似合ってねぇのはホントのことなんだろ?って続けたら、予想外の答えがかえってきた。

「でもごめん。傷ついてるキバの顔みてぞくぞくした」
「は?」
「もっと傷つけたくなった」

 謝るポイント、そこ?
 ぞくぞくした、ってどういう意味なんだよ俺バカだから分かんねぇ。

「あと、もう掛けないでそれ」
「なんで」
「意外すぎてどきどきするし」
「………」
「知的ギャップ、危険」

 おまけに、今さらそういうこと言うって…。何だよ。全然分かんねぇよ。

「それに…困る」
「なにが」
「キバが、他の女の子に目をつけられたらヤダ」

 何だよそれ、なんなんだよそれは。じゃあ、さっきの大笑いはなんだったんだ。傷ついて必死こいて走った俺はなに。

「誰が」
「…私」
「へぇ」
「似合ってないし」

 キバのために言ってるんだからね!って言いながらそっぽ向く彼女の耳が赤い。
 なーんだ。
 やっぱり作戦成功じゃんか。メガネで彼女のハート陥落作戦!

「まじで?」

 額がぶつかるくらい近くで問いかけたら、染まった顔を反らして彼女は口ごもる。

「う…。」
「素直じゃねぇの」
「うるさい」

 ほらな、最後に笑うのは俺。
 コツンと額を小突いて、意地っ張りな彼女を思い切り抱きしめた。


スーパーノヴァ
笑った罰、おぼえてろよ
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