残照
慰霊碑。
それは、木の葉の英雄の眠る明日への礎。
ある者は家族を。
ある者は恋人を、友達を、恩人を、部下を…‥‥
ある者は、師を。
英雄として名を刻まれ、残された者は安らかなる眠りを祈り、過去を悔い…‥‥‥
痛む想いを、明日への糧にする。
『残照』
──────喧騒──
もうすぐ日付も変わる酒酒家にて。
向かい合う二人の間に挟まれたテーブルには、空いた酒瓶がずらりと並んでいる。
互いにぐったりと肘をつき、軽口を叩き合うのにも疲れた頃。
「シカマル、あんた明日非番?」
「じゃなきゃこんな時間まで飲んだくれてねーよ‥。」
「‥だよねぇ。」
最近、よく一緒に任務をするようになったなまえ。
年上だけど気が合うし、任務中も俺の考えをよく見抜き、(第十班を除いては)一番連携の取りやすい忍。
任務の後に打ち上げと称して飲み歩く様になるまで、それほど時間はかからなかった。
「んじゃ明日はヒマなんだ。」
「ヒマって‥オイ。俺もそれなりに忙しいんだ…」
「でも今日も来るでしょ?」
言葉の途中で間髪入れずになまえが問う。
「聞けよ…‥」
「来ないの?」
「‥‥‥行くよ。」
こうして二人で飲む内に、夜を共にする様になった。
酔いつぶれた俺をなまえが自分の暮らす寮に連れ帰ったのが始まりだった。
酔いの勢いに任せて、何の言葉も無く、今日に至る。
何度となく躯を重ねた。
それでも、俺達の間には‥‥何もない。
付き合ってる訳でも、愛し合ってる訳でも。
…‥‥‥何も、ない。
──────ギシッ、ギシッ‥‥‥
「あぁ‥っ、ダメ、シカマル、それやだっ‥ん‥‥」
暗闇の中で、朧に入る月の光がなまえの躯のラインを辿る。
綺麗に張られていたシーツも、今は見る影もない。
「いやじゃねーくせに‥‥素直じゃねーな‥」
繋がった躯から、伝わる熱に魘される様に腰を振る。
自分の滑稽さに呆れても、それでも夜の闇の中で喘ぐなまえは綺麗だと思った。
汗ばむ肌を重ねていたかった。
「もー、だめ‥ぁっ、イイそれ。‥‥イく…」
なまえの顔が悩ましげに歪んで、震える躯が限界を知らせる。
「んな締めたら俺も出る‥。
…‥‥‥中で出してい?」
「駄目。
‥ね、もっと…っん──…」
こんな、馬鹿げた事をいつも聞く。
そして、いつも即答される。
何故そんな事を口走るのか、自分の中の独占欲か。
子供染みるにも程がある。
それを自覚すればする程、自分の胸の内に潜む得体の知れない想いに気付く。
しかし気付いた所で果たしてそれは何なのか。
恋か、
「っあ、ぁ‥イく…」
愛か、
「……出すぞ?」
戯れか。
「あ───っ‥‥‥」
上空を流れる風が、雲を動かし月を隠す─────。
────寝室に、より深い影を落とす。
深酒が祟ったのか、普段なら身支度のひとつでも始める刻になっても、躯は心地良い気怠さを訴える。
躯は重ねても、共に朝陽を臨むには至らない。
帰らなきゃ…‥と思いつつも、窓から見える雲の流れる様をぼーっと見ている。
「ね─‥シカマル‥‥」
俺よりも遥かに気怠さを訴えている様な声。
「何だよ…」
素っ気なく応える。
ベッドに横たわる、二人の間と同じ距離で。
「明日ヒマなんだよね?」
「ヒマじゃねー。明日は二日酔いに委せて昼寝三昧だ。」
「充分ヒマじゃん。
‥‥ね、明日さ、ちょっと付き合ってほしいとこあんだけど。」
‥‥‥この展開が差し詰め将棋ならどんなに楽しいか。
しかし相手は女、ゲームではなく現実。
昼間に二人で出掛けた事は任務以外にはなかった。
「いーよね?ヒマだしね?」
「ヒマヒマ言うなよ。…‥‥しょーがねーな‥。」
「ホラ、ヒマじゃん!」
「うるせー‥‥もう一辺犯すぞ!」
「うわぁ!」
布団をひっくり返して、覆い被せる。
そのままジタバタ暴れるのを抑えつけてぐるぐる巻きにしてやった。
「…‥‥だめだ、女ってぇのはわからねー‥…」
「え?!なに、シカマル?!何言ってんのか聞こえないよ!!」
「うるせぇ!巻かれてろ!」
「ちょっと!これっ、布団!どーなってんの?!」
「俺は帰る!」
どんよりとした曇り空。
特に何時‥と約束しなくても、なまえが何時に起きるかくらいは検討はついていた。
二日酔いでガンガン痛む頭を堪えて支度する。
痛むおかげで余計なことを考えずに済むのはありがたかった。
今の自分の置かれている現状、自分の気持ち────
冷静に考察したら‥‥‥考えるだけでめんどくせー。
─────────
「おーそーいー!」
「うるっせぇー‥別に時間なんか約束してねーだろ……」
「あ、なに?二日酔い?」
任務の時いつも待ち合わせる通りで落ち合うと、昨日の酒が嘘の様なスッキリとしたなまえが待っていた。
「酒はまだまだだねぇ奈良中忍!」
「だからうるせーよ…‥。」
頼むから悪戯な笑顔でこっちを見るな。
ほとんど見る事のない私服姿。
鼓動が高鳴りでもしたら、めんどくせー。
今日これから何処へ行くのか、何の用があるのか、何を話すのか、予想もつかない。
そのせいなのか何なのか、柄にもなく少し緊張していた。
「で?どこ行くんだよ。」
「とりあえず、山中花店!」
「はァ?いのんとこなんか行かねーぞ俺は!」
こいつと二人で行ったら絶対ひやかされる。
おまけにいのの親父からうちの親父にまで話が行くに違いない。
「この辺、花屋さんはあそこしかないもの。行くったら行くの!」
無理矢理腕を引かれて引きずられて行く。
「あー‥‥‥めんどくせー‥‥」
後悔先に立たず。
「こんにちはー!」
「いらっしゃい!
ん?シカマルじゃねーか!」
いのの親父さんが振り向く。
どうやら今日はいのはいないようだ。
「こんちはっス。」
「なんだァ?お前もスミに置けねぇなぁ!こんな可愛い子とデートか?」
「違いますよ!!こいつは同僚で──」
「デートみたいなもんです!」
「お前何言ってんだよオイ!」
「おーおー、若いってのはいいなぁ。」
「すいません、百合の花束ください!」
「はいよ!」
完全に俺の言葉を無視して買い物をするなまえ。
デートみたいなもん?
今まで、そう言ったひやかしの類はなまえの方から率先して否定していたのに?
今日と言い、何か、変だ。
「花なんか買ってどーすんだよ?」
「‥‥‥ちょっと、ね。」
「ありがとうございましたー!」
山中花店を出ると、元々曇っている空が今にも降り出しそうな暗い雲に覆われていた。
「で、何処に行くんだよ?」
「ん?………こっち。」
風が─────吹いた。
なまえの髪を巻き上げ、一瞬曇った顔を隠して、通り抜けて行った。
並んで歩く二人の足音が揃って耳に届く。
歩けば歩く程なまえの表情は重く沈み、普段なら出てくるはずの軽口さえ躊躇って、無言のまま暫く歩いた。
気付けば賑やかな通りからは大分離れていた。
─────この先は…‥
「オイ、この先は演習場くらいしかねーぞ。何処まで行くんだよ?」
「ん。‥‥‥慰霊碑。」
抑揚も、表情もなく、こっちを見ずになまえは‥‥ポツリと言った。
留めを、さされた気がした。
慰霊碑。
それだけで、わかった。
デートみたいなもの?
冗談じゃねぇ。
足取りが‥重くなる。
それから互いに何か話すでもなく、無言のまま歩いた。
今日の空模様を映した様な胸の内。
言葉の無い時間は、無限に感じられた。
ようやく演習場に着いた時は何故か少し安堵して、しかし同時に漠然とした不安にも襲われた。
真っ直ぐに慰霊碑へと向かう。
慰霊碑に向かい合うと、自ずと鼓動が速くなる。
刻まれた無数の名前の中から、たった一つの名前を目が捉える。
『猿飛アスマ』
それはもう、半分条件反射の様なもので、なまえが一緒にいるのすら一瞬忘れて思い出が頭を支配していた。
忘れられない記憶が鮮明に蘇る。
隣で暫く佇んでいたなまえが膝を着き、花を添えたので我に返った。
「シカマル…‥‥聞いてくれる?」
「………あぁ‥。」
空を支配していた雲が雨を落とした。
「昔‥‥ね。あたしには婚約者がいたんだ。」
「っはァ?!お前に?」
「‥っ失礼ね!
いいから黙って聞いてよ!」
──────
彼は…‥‥とても誠実な人。
底抜けに明るくて、あたしみたいなひねくれ者でも、優しかった。
いつも笑顔ですごく仲間思いで、忍としても優秀な人だった。
木の葉を里を大切に、誇りに思っていた。
たくさん任務を成功させていて……‥
‥‥ある日ね、次の任務を成功させたら上忍に昇格って任務を受けたの。
Sランク任務で、もちろん危険な任務だった。
任務に出発する前の夜、彼はあたしの部屋に来て────
────この任務が成功したらなまえ‥‥結婚しよう────
嬉しかった。
夢みたいに幸せだった。
そうして彼は出発して‥‥‥
彼の隊は何とか無事任務を成功して戻った。
─────彼を除いて。
深手を負った仲間を逃がす為に、自分一人その場に残って────
「そして、ここに名前が刻まれたって訳。」
「男って………馬鹿。」
しゃがみ込んだなまえの表情は、立っている俺からは見えなかった。
漸く辻褄が合った気がした。
今までのなまえの言葉や、不可解だった今日の誘い。
任務に赴き、
共に死線を潜ろうと、
何度躯を重ねても、
どれだけ夜を越えようと、
どうしても埋まらなかった最後の距離。
埋まらなかった隙間。
「‥‥じゃー俺も馬鹿だな‥。」
自分でも信じられない程、胸が重く沈んで行く。
慰霊碑────
英雄は、そこに名前を刻まれる。
そして、知る。
英雄には適わないと言う事を。
「馬鹿な男なんて嫌い。」
「馬鹿で悪かったな‥。」
英雄は慰霊碑に名前を刻むと同時に…‥‥・────
俺達、残された者にも…‥想いを刻む────。
「…‥‥・でも、シカマルは頭良いんじゃなかった?」
「でも男だからな。」
「…‥‥馬鹿じゃない男なら好きだよ?」
「…‥‥‥‥あぁ?」
何を言い出すんだ、この女は?
「ねぇ、シカマル。
アンタはあたしを置いて死んだりしないで。」
「…‥‥・!」
「もう‥もう一人残されるのは嫌なの‥‥」
「なまえ‥‥お前‥‥‥」
声が………
「もう、いいよね……」
震えて……
泣いて‥‥いた。
その震える肩を、俺は抱いて良いのか解らずに─────
なまえの背中を見つめていた。
「もう‥‥誰も好きにならないって思ってた。
それが残されたあたしの彼への弔いだと思ってた。
でも…今は違うんだ。」
涙を拭い、なまえは立ち上がった。
「彼が信じていた火の意志を…彼が見せてくれた後ろ姿を、今度はあたしが見せる番。」
振り向いたなまえは、笑顔だった。
何時の間にか雨は止み、重く立ち込めていた雲は動き、うっすらと光が差し込む。
火の意志。
忍として、木の葉の里に生きる者として────
「もう過去に閉じこもるのは止めたの。今は、未来を見ていたい。」
穏やかな、笑顔。
「だから…‥‥ねぇ。好きよ?シカマル。」
その眼差しは光の様に鋭くて、二人の間を埋めようともせずに逃げていた俺には眩しかった。
「これだから女ってのは‥‥‥」
抱き寄せた。
柔らかなその躯を。
もう‥‥いや、やっと。
躊躇わずに、しっかりと強く抱き締める。
服越に伝わる暖かい体温。
耳を澄ませれば微かに聞こえる鼓動。
俺は、その暖かい躯をありったけの力で抱き締めた。
「く、苦しいよシカマル‥‥」
「加減なんて出来ねぇよ…」
「そんなにあたしの事好きなんだぁ〜?」
「ばーか。
……‥‥‥愛してる、なまえ。」
お互い真っ赤になった顔。
今日位、睦言も良いだろう。
今を生きている、確かな温もりに感謝する。
雲間からは、夕陽がこぼれ落ちている。
あと数刻もすれば陽は落ちて、夜がやってくる。
そして、明けない夜はない。
「シカマルー?何してんの、行くよー?」
「悪いな、アイツもらうぜ。」
end...
最後まで御読み頂きありがとうございんす。
今回は相互リンクサイトmon amor,naraのmims様に捧げる相互記念夢でした!
前にリクエストを頂いて書いた家路と言うシカマル夢の時もなんですが、シカマルを書くのは本当に難しいです!
シカマルも大好きなキャラの一人なんですが、いつも難産です(汗)
日記でも書いてるんですが、今回のお話を書くまでに考えた設定を3回ボツにしたくらいで(笑)
でも無い文才を振り絞って書いたので、いつもシカマル夢は思い入れが深かったりします^^
mims様のサイトのシカマル夢にはとても及びませんが、楽しんで頂けたら幸いです!
mims様のみお持ち帰り&返品受け付けております。
お付き合い頂きありがとうございました!
■あとがき by mims■
敬愛するサイト[
ANIMAL LOGIC]の莢さまより頂いた相互記念のシカマル夢です。
もう、イントロの慰霊碑の描写からして、ぐいぐいっと莢さんの世界に引き込まれちゃいました。
その後に続く切なさが、最後には報われるのかしらとはらはらしつつ、哀しい交わりなのにやっぱり莢さんの描写は妖艶で・・・
「いやじゃねーくせに‥‥素直じゃねーな‥」のシカマルの台詞にやられました〜(*^^*)
そして、やっぱり文学的なんだな〜。
雲間から零れる陽の描写は目の前にその光景を浮かび上がらせるようでした。
前回のシカマル夢でも思ったのですが、莢さんの夢の締めの台詞が、もう堪らなくツボですっ。
すごい素敵な夢、ありがとうございます〜。遠慮なく頂いて帰りますね!!感想は是非、[
ANIMAL LOGIC]の莢さまへ直接お願い致します!
2008.02.21 mims