追憶より確かに

『コンニチワ』があれば『サヨウナラ』がある





そんなのガキでも知ってる常識







10歳に毛が生えたような年のガキが、『オツキアイ』なんて考えたところで長続きするわけもない




精一杯の大好きは、日を重ねただけで色褪せてしまって




半年もしねェうちに、恋人と云う関係はただの肩書きになった











「私たち、別れよう」



「あァ、元気でな。任務頑張れよ」




これだけのやり取りで終わりを告げた











アカデミーの頃は、なまえの隣に誰かいるだけで苛々したり




少しでも目が合えば、かっこ悪ィくらい恥ずかしくなった




なんだかんだしてるうちに、お互いが隣を求めるようになって、オレとなまえは『オツキアイ』することになった








暇さえあれば見つめ合って、手を繋いだ




よく分かんねェまま、好きだの愛してるだの言葉を並べた




なまえが泣けば抱き締めたし、くだらねェ嫉妬で喧嘩もした













でも終わった










めんどくせェけど、中忍試験や木ノ葉崩しがあって、しかもオレは中忍になっちまって




そしたら正直、なまえに構ってる暇なんてなかった







なまえは物分かりのいいやつで、オレの心中を察して出しゃばるようなことはなかった




それに甘えてるうちに、離れてる時間が当たり前になった













あんなに大切にすると誓ったのに




あんなにお前だけだと囁いたのに








時と想いは呆気なく風化されて










オレの隣は空になった








上忍になって2年




そろそろ新米の甘えも通じなくなって、むしろ先輩なんだと仕事が嵩む日々




オレはめんどくさがりだけど、与えられた仕事に手を抜いたりしない





だからしんどかった





甘えが通じるうちに甘えときゃよかったな、なんて自分を嘲笑ったところで、仕事は全く減らないのだが。














「「シーカーマールッ」」





任務報告を終え火影室が出て来ると、愉快そうに笑う声が2つ、オレの名前を呼んだ





「なんだよ」



「なんだとは何よー!久しぶりなのに失礼でしょー」




視線を向けると、そこにいたのは予想通りキバといの




ぶつくさと文句を言ういのを、キバが柔らかく笑って宥める






オレにとっては意外な組み合わせだが、こいつらは付き合って長い




どっちも騒がしい割に、いざとなるといのはしっかり者でキバは情に厚い




悪くないカップルだけど、やっぱりうるさい









「んで?だからなんだよ。2人揃ってオレに用事かよ」




オレの催促に、2人より赤丸が反応してキバを促す





でかい口で少しだけキバの上着に噛み付き、ねぇねぇとでも云うように数回引いた




それにキバは気づくと、いの、赤丸、オレの順番で視線を移動させた




オレのこと忘れてたな?




疲れも手伝って、眉間にシワが寄る







「おー!そうだそうだ!お前今日の夜空いてっか?」



「あァ?まァ、空いてる」




キバに返事をしてから、すぐに後悔した




こいつらお祭りカップルの顔を見たら、宴会の誘いだと2秒で気づいてもよかったのに




任務疲れとこいつらの身勝手さに呆れて、つい本当のことを口にしてしまった




本当は早く帰って寝たかった









「ひゃっほー!飲める?飲めるよな?つーか飲め!!」



「いや、ふざけんなよ。めんどくせぇけど、オレは明日も午後から任務だ」



「午後からならへっちゃらじゃなーい」




いつの間にか元気になったいのは、オレを言いくるめにかかる




しまった‥また正直に午後からなんて言っちまった






こうなりゃまさしく後の祭り




シカマル参加ねー、と陽気に笑ういのとキバを前に、断る気力さえ失せた







「ったく‥なんの集まりだよ」





そう言うと、もはや小躍りと云うように弾んでいた2人が、ピタリとオレに視点を合わせた








「あんた‥知らないの?」



「いの、もしかしたらなまえのやつ、こいつにだけ言えなかったんじゃねェか」






眉を顰めて発せられた『なまえ』の言葉に、オレは妙な胸騒ぎと緊張感を覚えた






深刻そうな2人と、それを睨みつけるオレ




赤丸はいよいよ落ち着きをなくし始め、掠れた声で弱く鳴く






「だから、なんだっつーの。めんどくせぇからさっさとしろよ」




こめかみに嫌な緊張感が纏わりついて、めんどくさいと云うより、間が保たなかった






「あァ‥なまえの特別上忍昇格祝いだ。聞いてねェの?」



「‥‥‥」




目は口ほどに物を言うらしく、オレの無言はキバの質問に肯定の意を表した




それをキバといのも察した








「忘れただけかもしれないじゃない?とにかくシカマルは参加ねー」



「呼ばれてねェのに行けるかよ。めんどくせぇ」



「大丈夫っ!幹事はオレらだからな」




頼もしく成長したキバは、強張るオレの肩に手を回し、犬歯どころか歯を剥き出して笑った




でも、胸焼けのような釈然としないだるさは募るばかりだ




任しとけ!と晴れやかに笑って帰った2人の後ろで、まるでご愁傷様とでも言いたげな赤丸と目があった











「‥場所も時間も言わねェで、どうやって参加すんだよ‥」




キバの任しとけ発言に、心の底から、めんどくせぇと吐いた




結局、やることもなくなったオレは、赤丸の顔を思い出しつつ家に帰った




任務の汚れを風呂で落とした後、最近母ちゃんがハマって寄越した、アロマキャンドルに火を点ける




一人暮らしの部屋に漂う香りは、物寂しい空間を満たすように広がった




気分を誤魔化すような気がして、あまり好きじゃないアロマキャンドルも、持て余した閑暇を繕うにはよかった




鼻孔を抜ける香りは、不快じゃない気だるさを増殖させて、ベッドへ沈む体を重くさせる




あまりの心地よさに、体の芯が溶け出そうだ




無造作に包みから取り出さず、なんの香りか確認したらよかったと、後悔を覚えるくらい体に染み渡る













キバといののせいだ




それと赤丸













まどろむ思考の中、幼いなまえがオレに手を振っている










ネジと同じ、一期上のなまえ




年上のくせに頼りがいがなくて、それでも芯の強い格好いい女だった


















「お前、くせェ」




人を眠りから起こしておいて、第一声が臭いとは失礼なやつだ




絡みつく眠気と疲れを引きずって玄関を開けると、顔の中心にくしゃくしゃとシワを溜めたキバが立っていた






「お前、いのんちみてェな匂いすんぞ?」



「あー‥アロマキャンドル焚いてた」




お前がアロマかよー、と笑うキバを軽く無視して、用件を尋ねる




案の定、迎えに来たから準備をしろと云うことで。




目覚ましに顔を洗い、寝間着から黒のセーターに着替えて部屋を出た








「さぶ‥」




冷たい外気の冷えは、徐に脊髄をなぞってオレの体から熱を奪う




自分を抱き締めるように腕を組んで、両手を脇の下にはめ込んだ







「さっきまで寝てたからだろ。酒入ればあったかくなるって」




キバはよほど宴会が楽しみなのか、終始鋭い犬歯を晒して笑う




オレはさすがにそのテンションには付いていけず、キバの言うとおり、寝起きを言い訳にして口を噤んでいた











集まる場所は、キバとオレがよく利用する居酒屋




こじんまりとした印象の割りに広さがあり、料理の数も多い




数人で飲むならカウンターで十分だし、今日みたいに騒ぐなら奥の個人になった座敷がちょうどいい




応用の利くあたりが気に入っていて、何より鯖の味噌煮が美味い






そう考えていると、空だった胃袋が思い出したように悲鳴を上げた






「腹減った‥」



「もう少し待てよっ」





10分ほど歩いて着いたそこには、主役のなまえ以外、キバに聞かされたメンバーが全員揃っていた






「シカマルー!!久しぶりだってばよーっ!!」


「よ、ナルト!変わらねェな、お前は。シノもヒナタも久しぶり」




うん、と、うむ、だけで返事が返ってくる




サクラとは火影室でちょくちょく会うし、チョウジは毎日のように会う




残念ながら、ガイ班はそれぞれ任務中らしい








「なまえちゃん遅いってばよ」




ナルトのぼやきを慰めようとしたとき、座敷の襖がガラリと開いた






「ごめんなさい!遅くなっちゃった!」




弾けたように笑って現れたなまえに、全員息を飲んだ





昔は白かった肌が、任務のせいか僅かに日焼けして、でもそれさえ綺麗に感じさせるほど笑顔が映えている




黒のタイトなジャケットが、華奢なラインと胸の膨らみをメリハリづけて色気を感じさせる






(って‥何考えてんだよ)





挨拶を一通り済ませたなまえは、用意された上座が嫌だと云う理由でナルトとオレの間に挟まって座った




何にせよ、隣に来てくれたことは正直嬉しかった








「シカマル久しぶりだね」



「あァ、昇格おめでとう」



「ありがとっ」





本当に久しぶりだった




なまえと会うのも、会話を交わすのも、ガキの頃から変わらない吸い込まれるような瞳と目を合わすのも




むしろガキの頃に比べたら、ますます深みと憂いが増して、オレは目を逸らすのさえ億劫に思えた






「こらー、そこー。いきなり2人の世界に浸らないのー」




いのの言葉で我に返り、そんなんじゃねェと毒づきながらニヤつく奴らを睨んだ




だがそれは簡単に流され、キバの音頭で乾杯が宣言された




口を結んで、頼んだビールと一緒に腑に落ちない苛立ちを飲み込んだ








宴会はキバといののテンションに合わせ、すぐに盛り上がった




オレは左から感じる熱を気にしないように、鯖の味噌煮をつついて空腹を満たす




腹をいっぱいにすれば、焦りに似た居心地の悪さを払拭できるような気がしたから。










「また鯖の味噌煮食べてる」




視界の端に割り込んできたなまえは、笑顔でオレの顔を覗き込んだ






「別にいいだろ」




好物なんだから。と付け足して、横目でなまえを見た




そうだね、と笑う顔は幼い日のままで、なんだか鯖が喉に支えた








「好きな食べ物は、変わらないのにね」




伏せた瞳の長い睫が、酒で赤みを帯びた頬に影を作る




形のいい小さめの唇は、次の言葉を出しかねるように、もごもごと遠慮がちに動いた








「私たちは変わっちゃったけどねーっ」




いのの核心を突く一言に、心臓が一瞬で強く縮む




なまえに言われるよりはマシじゃねェかと自分に言い聞かせ、何食わぬ顔でビールを流した






「人間、成長するもんなのねー。今じゃみんな、部下を持つ身だもん」



「サイなんて暗部の部隊長だもんなー。オレってば軽くショック‥」



「あまり大声で言わない方がいい。…なぜなら暗部とは元々、公の組織ではないからだ」





酒の席の話は、放っておいても一人立ちしていく




オレは素知らぬ顔で話に加わり、なまえとの過去に触れる話題が出ないように努めた








だが、良くも悪くも、空気を一変させるのはいつもいのだ






「なまえは彼氏とうまくいってるのー?」




この言葉に、オレの心臓はもう一度どきりと固まった







「え?あ‥別れちゃった‥なんか‥しつこくてさ」





あははと笑うなまえが、少し遠退いて感じる






オレの知らない時間をオレの知らない男と過ごしたなまえ




そんなのはなまえの自由だし、オレもそれなりに女と付き合った




名前を呼んで、愛を囁いて、体を重ねて、別れた





だから、なまえに苛立つなんて、お門違いもいいとこで




しかも悲しくなるなんて、ただの自己中だった







オレはとうの昔に手放したのに




とうの昔に壊したのに




その破片にしがみつこうとして、足掻いているのが分かる






別れた男をしつこいと笑うなまえにとっては、今のオレもそいつと同レベルでしかない












なんで大切にできなかったのか




なんで幸せにできなかったのか






あの頃のガキのオレには、出来ることなんて限られてた




でもその限られた中で、なまえをなくさない策は山のようにあっただろう





なのにオレは考えなかった




ただ目を瞑ればいいだけだったのに




それさえも「めんどくせぇ」と流したから




本当にめんどくさい感情があるのだと、今更になって思い知らされる羽目になった














「ねっ?シカマル」



「‥は?」




情けない後悔から戻ると、いのが不敵に笑いながらオレを見ていた





「アンタ頭いいくせに、話聞かないのは相変わらずなのねー」




膨れるいのを見ていると、アカデミー時代に戻れた気がして少し心が和んだ






オレも末期だな






「はいはい悪かったよ。もっかい言ってくれ」



「だからー、いい物件があるって話よっ!」





物件?いつの間に不動産の話になったんだ?






眉間にシワを寄せていのを睨むオレを見かねて、右隣にいるキバが首に腕を回した







「今ならシカマルっつーいい物件があるって言ったんだよっ」



「なっ!!‥‥はァ?!!」





体中を一気にアルコールが巡る




発熱した赤い顔をなまえから隠すようにキバに向け、額を合わすくらいの距離で睨んだ






(満更じゃねェだろ、おい)



(バカ!考えろよ!んな冗談通じねェんだよ)





ニヤニヤ笑ういのとサクラは置いといて、とにかくキバに目で訴えた




顔は熱いのになまえに向けた背中だけは、妙に冷えて気持ち悪い




なまえのリアクションも恐いが、自分を戒める後悔に押し潰されそうだった











「何言ってんの、シカマルはそんな対象じゃないよ」




悪意のない笑顔ほど、無情に傷を抉るものはない




いや、オレにとっては傷でも、なまえの中ではとっくに瘡蓋も剥がれた過去でしかないようだった






「んじゃオレ!立候補しちゃうってばよ!どう?」



「えー?ないなぁ」



「アンタじゃ無理よー」






ナルトの天然な一言が、固まりかけた場を和ませた






さんきゅ、ナルト‥





あと一秒でも遅かったら、話題を振ったキバといのは固まっていたに違いない




オレはと云うと、さっき溜めたはずの胃が空になったと思えるくらい、胸のあたりがスカスカになった




わかっていたこととは言え、対象外と云うのは思ったより痛い




辛いと云うより、痛い




肩が触れ合うくらいそばにいるのに、なまえの中にはオレの片鱗さえない




いくらサラサラした真水でも体には留まるのに、僅かな期間恋人として存在したオレは、もうどこにもいない




留まるどころか、しがみつくことさえできねェじゃねェか






キバの腕が離れた首は急速に温もりをなくし、ますますオレを孤独な気分にさせた









個室を占領している笑い声も、オレの右手を冷やすビールのジョッキも、華やかななまえの存在も




まるでオレを残して別の次元へ行ってしまったような




そんな情けない虚脱感に苛まれた













そのまま閉店時間まで、オレを除いた宴会は続いた




みんな陽気に騒ぎ、はしゃいで食って飲んで




オレを切り取った空間で、なまえは楽しそうに笑った












「っしゃー‥今から二次会行くからなー潰れたやつも付いて来いよー!」




店を出ると、幹事のキバがまた指揮を取る




とは言ってもキバ自身が酔い潰れる寸前で、いのと肩を組みながら支え合っている状態だった







「オレ、パス。帰って寝たい」




幹事様に言うと絡まれるのが明白だったから、ほろ酔いのチョウジにだけ耳打ちをした




チョウジも周りに悟られないように、分かったと頷いた





チョウジのこういう所は本当に助かる




なまえの発言を聞いてからあまり会話に交ざらなくなったオレに、チョウジだけが時折心配そうに話し掛けた





持つべきものは友達だなー





なんて感傷的になりながら、二次会に行く振りをしてこっそり最後尾から外れた







ふらつくキバといのの隣で、2人を支えて歩くなまえ




だんだん離れていく背中は、恋人の肩書きをなくした日がフラッシュバックしたようで





思わず小さな声で呟いた













「サヨウナラ」















踵を返して家路に着く




もう闇に紛れた集団は、忍の目でも確認できない




そこまで見つめていた自分に気づくと、不器用に口角がつり上がった












ガキでも分かったなまえの魅力




水面に反射した光のように輝いていて、初雪より白く澄んだ頬は時々薄く染まっていた




桜色の唇は、なんだか見ちゃなんねェもんだと感じるくらいドキドキして




触れる手も抱き締める肩も、オレが守るべきものなんだと思わせた







手放しちまったけど。










華奢だった体の線は、僅かに逞しくなってた




弱々しい手首も小枝のような指も、少しだけ強く感じた






心底、自分が必要ねェ存在だと痛感させられた







だって、オレがいなくても笑えてるじゃねェか




しっかり前だけを見据えてるじゃねェか







隣にいただけのオレじゃ、出来ることも、しなければいけないことも




もはや芥のごとく、くだらねェもんだ












酒の熱が外気に奪われ、鼻をすすると痛いくらいの冷たい空気が駆け上がる




来たときと同じように手を脇に収納すると、少し猫背になってこれ以上体温が逃げるのを防いだ










足元を這う冷気




丁寧に草の頭を撫でて通り過ぎ、オレに当たって砕けては、また固まって去ってゆく




道端の家々に灯る外灯は、そこだけぼんやりと暖かそうに佇んで、身を縮めて歩くオレを何も言わずに見送った







いっそバカだと罵ってくれればいいのに




いっそ間抜けだと蔑んでくれればいいのに






なくしてから気がついて、しかも身動きのとれない情けないオレを





暖かくなんか見守ってくなくていい




微笑んでくれなくていい




名前でなんか呼ばなくていい




心配なんかしてくれなくていい








なんで寄ってくるんだ




なんで話しかけてくるんだ




なんで息を切らせてまで走ってくるんだ




なんで期待させるんだ


















振り返ると、桃色の額に汗をにじませたなまえの姿があった








「主役が何やってんだよ‥」




なまえは荒い呼吸を整えようと、胸に手を当てながら、もう片方の手でちょっと待てと云うようにオレに軽く突き出した






「シカマルが‥ハァ…いなかったから‥どうしたのかと…思っ…て‥ハァ」



「チョウジに伝えたぜ?」



「嘘?!‥確認しないで‥走って来ちゃった」




照れた顔で笑うなまえを見たら、顎の付け根がガンと痛くなった




それは無意識に歯を食いしばっていたせいで、自分の意志では止められないくらいの力が入っていた






「なら戻れ。オレは帰るから‥宴会の主役だろ」




わざと背筋を伸ばし、生欠伸をして見せる




任務疲れだと暗に付け足せば、なまえはそれだけで分かったと頷いた







「ごめん‥迷惑も考えなくて。久しぶりにシカマルに会えたから、舞い上がってたのかなっ‥ごめんなさい」




そう言って、なまえは少しばかり眉を顰めて俯いた




耳に掛けた髪がサラサラと落ちて、その憂いた表情を隠す










なァ?そんな顔、オレ以外のやつにも見せたのか?




その髪を、誰か他のやつが掬ったのか?




そんな顔されたら、オレ自惚れちまうぜ?




お前の気持ちも確かめないで、情けない感情のままに抱き締めちまうぜ?







頼むから、ガキのオレを引き出さないでくれよ












走ってきた熱が引いたのか、なまえは小さく肩を震わせてから上体を起こした




「寒くなって来ちゃったね。ごめんね。あたし戻るから」




オレに向けた笑顔は、切ないくらい当たり前に輝いていた





「送って行けはしねェけど、見送ってやるよ。また走るんだろ?」




回れ右を促すつもりで、人差し指を立てると足元に向けて数回、回した




なまえもその意図を掴み、子供や犬じゃないんだからと笑った





そのやり取りがあまりにも自然で無邪気だったから




オレは少しだけ暖かい気持ちで、頬が緩むのが分かった






「とにかくさっさと戻れ。キバたちにどやされんぞ」




なまえはふるふると髪を靡かせて頭を振った





「私に見送らせて?子供の頃、いつもシカマルが送ってくれたよね。だから、今日は私の番。シカマルを見送るなんて、今日が最初で‥‥最後だから」




呼吸ができないくらい、心臓に圧力を感じた




眉根を弱く顰めてオレを見上げるなまえを、とにかく抱き締めたいと云う衝動に駆られた




それでも、なまえの言った『最後』の単語が、オレの手を両脇に縛りつけた






「そうだな‥じゃ任務頑張れよ」





前にも言ったセリフ




完全に、頭はガキの自分を映し出す




同じくらいの高さにあった栗色の瞳は、両手で自分の服を握り締めながら涙を我慢していた








ふわりと甘い香りをさせて、黒いジャケットの袖から、しなやかな手首が覗く




繋いでいた手より女性的に成長したそれを、なまえは自分の肩の辺りで左右に振った





「さようなら‥‥シカマル」



「‥‥っ」




あまりにも儚い光景に、鼻がじりじりと痛い熱を帯びる




詰まる胸はうまく呼吸ができなくて、こめかみにだけ力が籠もる















神様、だめかなァ?




もう一度だけ




オレ、なまえの手を握りたい




昔、離しちまった手だけど




こんなに胸が苦しいんだ




もう、めんどくせぇなんて言わねェからさ




もう、なまえを物分かりのいい、都合のいい女になんかしねェからさ













抱き締めちまったこの手を




もう離さなくていいだろ?




無我夢中だった




もう目の前のなまえしか見えなくて




無我夢中でなまえを胸に閉じ込めた





鼻に強く蘇る香り




昔より大きくなったけど、それでもオレにすっぽり埋もれる肩




触れたところからやんわりと熱を伝える柔らかい胸







なまえが好きだ


今も昔もずっと好きだった




細胞全部が訴える




オレのすべてがなまえを求める







「シカ‥マ‥ル‥?」



「ごめんな‥オレ、お前を手放しちまった‥でも、やっぱりお前が好きなんだよ。もう、なくしたくねェんだ」





なまえの艶やかな髪に顔をうずめて、耳に唇をつけたまま唱えるように伝えた




この願いだけは譲れねェ




この想いだけは




なまえだけは、もう二度と離したくねェ







祈るように、何度も何度も




なまえをきつく抱き締めたまま




なまえに想いが届きますようにと




それだけを願って呟いた






なまえの弱い嗚咽と震える肩が、どうかオレの気持ちを救ってくれるものでありますようにと、ただひたすら懇願した






「シカマル‥私‥もう‥戻れない‥と思ってた‥」





ゆっくり紡がれる言葉を、決して漏らさぬように




オレはなまえが痛いくらい腕に力を掛けて、自分との距離を限りなく0に近づけた







「シカマルが‥離れて‥行くのが分かった‥それでも、私はそばにいたくて‥‥そばにいれば‥戻って来てくれると思ったから」



「‥ごめん」



「‥でも、どんどん離れて行っちゃって‥このまま一緒にいたら、シカマルを縛るだけだと思ったから‥」



「全部オレのためだったんだよな‥気付いてやれなくて‥ごめん」





なまえから絞り出る言葉は、すべてオレへの想いで構築されていた




オレを大切に考えてくれる、なまえの優しさに溢れていた






それに気付くと、オレはいよいよ自分がくだらない存在だと思った




女だ男だ体面を気にするくせに、実際は一人の幸せも考えてやれない、ただのアホだった






親父は、女が男を強くするって言ってた




今ならその意味が痛いほど分かる



いつだってバカなのはオレで、なまえの手を引いてるつもりが本当はなまえに引かれてたんだ





「ずっと‥シカマルが忘れられなかった‥他の人と恋をしても、シカマルへの罪悪感があって‥ごめんなさい‥ずっと好きだったの‥ごめんなさい」



「謝るなよ‥オレが悪ィ‥ごめんな、なまえ。ずっと想っててくれて‥ありがとう。オレもお前が好きだ」





ゆっくり腕から力を抜いて、なまえと自分を剥がした




肩に手を添えてなまえの顔を覗くと、涙まみれで幼く見えた






なんで昔はこうして向き合えなかったのか




サヨウナラと告げられたあの日だって、なまえは崩壊寸前のように涙を溜めていたのに







「もう離さねェから‥離れねェから。ずっとオレのそばにいてくれ。なまえが誰より大切なんだ」









眉間にできたシワの数だけ、人生を賭けてもいい




だったらずっと、眉根を寄せててやる




ジジィになってもシワを作ったまま




お前への愛を誓うから











「なまえ、お前だけを愛してる」



「っ‥たしも‥シカっ‥」




もどかしい唇に、噛み付くキスを落とした





啄むことでは満たされなくて、呼吸をすることさえ煩わしく思えた





流した涙の分と、空の時間を埋めるように、ただお互いにお互いを貪った





口内で蠢く舌を掬って、零れる涎を啜って




知らない間のなまえを求めるために




そばにいなかったなまえを探すために





むせるような口付けを、意識が飛びそうになるまで繰り返した









唇を離したあと、寄り添ってオレの部屋へ向かった




アロマキャンドルの僅かな残り香に包まれながら、心と体の隙間を夜が明けるまで埋め合った






美しく乱れるなまえを、一体何人の男が見てきたのだろう





込み上げる怒りと焦燥感を振り払うように、オレはなまえに赤い印をいくつも残した









この抱き締めた腕を、もう二度と離さない




お前を失うのは一度で十分だ










オレの名前を呼びながら、早い呼吸を繰り返すなまえにそっと囁いた













今度こそ、オレが幸せにしてみせる




追憶より確かに

(絶対に後悔はさせねェよ)




→アトガキ





親愛なるmims姉サマに
相互記念品として書か
せていただきました☆


[微甘]とのリクエスト
をいただきましたが、
[切微甘]になってしま
いました(;Д;)しかも
シカマルが女々しい‥


次回!!機会がありまし
たらSシカマルで作品
を書かせてください!!


mims様のみお持ち帰り
と駄目出し許可です!!


mims様これからも是非
よろしくお願いします



あとがきまでお読みし
ていただいたなまえ様
ありがとうございました


[オシマイ]


■あとがきby mims■

仁さまより頂いた相互記念夢でした。

こんなに素敵な夢、頂いちゃってもいいの?ほんとにいいの?

切なさと甘さの加減がもう絶妙で、表現は文学的だし、くらくらにやられちゃいました!!
ゾロスキーの仁ちゃんにシカマルを書かせてしまってどうしよう、無理させちゃったんじゃないかしらと思っていたけれど…
もう素晴らしくシカマルなシカマルで涙出そうですっ(涙)
大事に大事に毎夜愛でますねっ!!
本当にありがとうございました〜。
2008.03.03 mims
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