01.一時だけで
アイツと出会った時とは違って、今日は晴天。
柔らかい朝の陽射しに、俺は少しだけうとうとしながら、レースのカーテンが風になびく様を細目で見ていた。
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急に雨が降りだした夕方。
アスマが経営している喫茶店の木製扉をカランと、音を鳴らせながら開ける。
少し濡れてしまったワイシャツと背広を軽くハンカチで水気を取る。
店を開けた瞬間の香りは、
芳ばしいコーヒー豆
甘ったるい焼き菓子
そして店に染み付いた煙草。
昔ながらのぼんやりと優しい光のライト、所々に置かれたアンティークの小物、ガラスコップの中にあるキラキラ光るビー玉は、まるで店の雰囲気を更に引き立てるようだ。
ま、どれもこれもアスマにゃ似合わねー物ばかりだけどな。
ひょっこりキッチンから出てきた噂のアスマは、座れ座れ、と手招きをしながら俺を迎え入れてくれた。
「今日も薬屋の仕事か?」
「ああ、さっきまで病院の医者に新薬のプレゼン。で、そのまま定時上がりだ。」
「そりゃお疲れさんだな。」
先程コンビニで買ったビニール傘を、入り口にある傘立てに入れ、俺の特等席になりつつある右端の椅子に腰掛けた。
アスマは、挽きたてで、熱そうなコーヒーを慣れた手付きで注ぎ、
「ほら、オリジナルブレンドだ。」
と、無地で白いコーヒーカップをカウンターテーブルに置いた。
「…っとに、いちいち説明すんのマジめんどくさかったぜ。」
「でも、めんどくさがりで、物臭なお前さんでも仕事はこなすってシカクがこの前言ってたぜ?」
「あの親父…何をめんどくせー事言いやがっ──…」
──…カラン
客が店に入る時に奏でる鐘の独特な音で、何故か俺は言葉を止めた。
『遅れてすみません。』
ふと、そちらを見ると、この大雨のせいで、びしょ濡れの白いポロシャツに、黒のパンツを纏った女が店の入り口に立っていた。
細く柔らかそうな黒髪からポタリと落ちる雫が彼女の整った顔にツウッと筋を残す。
それがひどく、幻想的に思えて、不覚にも魅入ってしまった。
「よぉ、遅かったななまえ。」
アスマの一声で、俺は急に現実に引き戻されたような感覚と、“なまえ”と呼ばれた女のびしゃびしゃに濡れていた服に自然と目がいく。
白のポロシャツだから当然、下着が透けている…
しかも、黒…
これ以上見てはいけない
バッとアスマの方に視線をずらし、なんとかやり過ごそうとした。
それに気が付いたのか、ニタニタと俺の反応を伺ってくるアスマは彼女にタオルを渡し
「コレ飲んだら仕事な」
と、コーヒーカップを俺の隣の場所に置いた。
『えーっと…もしかして奈良シカマルさんですか?』
隣の席に座って、肩にタオルを乗せている彼女の、まだ幼さが抜けきっていないような大きな瞳は俺を捉える。
「…そうだけど…何で名前…?」
『やっぱりそうだ!アスマさんから、よくお話を伺っていたんですよ。』
パアッと、この曇天の空や店全体を明るくするような彼女の笑顔と声に、胸がとても高鳴った。
…めんどくせー事になったぜ…
生まれて初めての動悸。
俺は、すぐにその原因を自覚してしまった。
自分で言うのもアレだが、どうやら俺は“鈍い男”ではないらしい。
『私、一昨日からここのバイトをさせてもらっているなまえと言います。お好きに呼んで下さいね。』
「なまえが働いてくれるお陰で、俺はゆっくり新聞読んでられるしな。本当に助かってんだ。」
「アスマはいつもヒマそうに、ゆっくり新聞読んでるだろーが。」
『あはは、じゃあ私はお仕事始めようかな。』
キキッと金属音をたてながら椅子から立ち上がり、エプロンを着けたなまえ。
結局、折角仕事が定時上がりだったのに、喫茶店の閉店ギリギリまでアスマと喋っていたが、目はなまえを追っていた。
そん時は、ただただなまえの姿をもっと見ていたくて、なまえの事が知りたかったんだ。
「まだ降ってるな…」
『大降りになってますしね』
時刻は夜8時30分。
夕方から降り始めた雨は、もっと強さを増してアスファルトを打ち付けていた。
なまえが傘を持っていない事はさっきのポロシャツで分かっている。
だからアスマは帰り際に
「なまえの事、頼むな。」
って耳打ちしたんだな…
「なぁ、家の近くまで送るぜ。」
ここに来る途中コンビニで買ったビニール傘を開いて、なまえを中に入れてやる。
この辺は、タクシーなんて滅多に通らねー道だし、俺が家まで送ろうかと言おうと思ったが、今日初めて会った男が言うのも…な……。
だが、少しでもなまえと長く居たい、という気持ちが勝り、あえて“家の近くまで”の言葉を選んだ。
なまえは少し驚いた顔をしていたが徐々に表情が和らいで
『じゃあ、お願いします。』
ふんわりと曲線を描いた柔らかそうな唇に、優しい目元。
それだけでも飛んでしまいそうになる理性を必死の思いで保ちつつ、「了解」と一言を何とか絞り出し、俺達は歩き出した。
周りは仕事を終えたばかりであろうサラリーマンやスーツを着ている男や女が傘を差しながら、俺達と同じく街中を行き来している。
今の俺達は他人の眼からどういう風に見えるだろうか…
『シカマルさん、着きましたよ』
「…あー…」
“家の近くまで”と言った筈が、気付けば彼女のマンション前まで来てしまっていた。
ここまでの道のり、なまえと会話はしたけど、悔しいが内容は全くといっていい程覚えてない。
あんなガキくせー事を考えちまって余裕を無くした自分。
…情けねぇ……
ぼんやりと自己嫌悪に陥っていると、なまえは俺の手を自分のそれで握り、グイッとマンションの玄関に向かって引いてきた。
『ねぇ、シカマルさん。お礼に何か飲んで暖まって行って下さい。』
「は?」
『だって少し肌寒いし、シカマルさんが私のせいで風邪をひかれたら困りますからね。』
幼げな笑顔と気遣ってくれる優しさに俺は、やられた。
「さんきゅ。」
内心焦りながらなまえの言う通り、マンションに足を踏み入れた。
ロックを解除し、重みのある部屋のドアを開け
『どうぞ、上がって下さい。』
そう言って俺を促した。
「…お邪魔します。」
部屋に通された途端、甘い薫りが鼻をくすぐり、また俺の理性が飛びかけた。
普通に考えたら初対面の男を自分の住んでる部屋には入れないだろ。
ましてや女の部屋だ。
無意識なのだろうか…
それとも誘われているのだろうか…
『汚いですけどその辺に座ってて下さいね。』
そう一言俺に指示を出して、パタパタとキッチンになまえは向かっていった。
1LDKの間取りで、清潔感漂う白とレモン色を基準で統一されたソファーやベッドなどの家具。
俺はそのソファーに座り、キッチンに向かっているなまえの後ろ姿を見つめていた。
いつの間にか一つに結われていた黒髪で、今まで隠れていた綺麗な首筋やうなじ。
『っ!…シカマルさ…ん?』
もう我慢の限界。
引き寄せられるように、後ろからなまえを抱き、細い肩に顔を埋める。
たった1日で、ここまで一人の人を想ったのは初めてだ。
それも、この俺が一目惚れときた。
誰かに話したらぜってぇ笑われるか、からかわれるな。
この衝動的な俺の行動でなまえは力が抜けたのか、綺麗な指からマグカップがするりと離された。
そっとこちらを振り向く、なまえの切なそうな声で、小さくつむがれた自分の名前。
『シ…カマル…』
俺の名前を呼んだ、ふっくらと、愛らしい唇にそっと俺は自分のを合わせる。
「…好きだ……」
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──…ピピピッ、ピピピッ…
「……んぁ…?」
『シカマル、もうお昼過ぎちゃったよ。』
……夢か…
目覚まし時計の機械音で頭が覚醒し、目が覚めた。
随分懐かしい夢を視たぜ…
『シカマル、寝言で何か言ってたけど、どんな夢視てたの?』
昔っから変わらない、興味津々な子供のような顔で、ベッドに寝転んでいる俺の顔をなまえは見下ろした。
「どんな夢か教えてやろうか?」
『うん、教え………わわっ!?』
なまえの腰を引き寄せたら、ボスッと音を立て、俺の上に倒れ込んだ。
『な、何するのよ…?』
「別に。俺が視た夢を知りたいんだろ?」
耳たぶをほんのり紅く染め上げコクンと頷いたなまえを力を込めて腕に閉じ込めた。
[一時だけで]
「初めてなまえが俺を誘った日の夢を視たぜ。」
そう耳元で囁いて、更に紅くなった頬に口付けた。
END
→アトガキ
アトガキ
mims様
コーヒーが出てくる夢とのリクエストでしたが…
記念夢がこんなので本当によろしいのでしょうか?(滝汗)
mims様だけお持ち帰り・ダメ出し・訂正…ect
じゃんじゃんどうぞ(笑)
駄文しか書けないもみじですが、これからもお願いします♪
なまえ様
ここまで読んで下さり有り難うございました☆
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[みたらしだんご
*]のもみじさまより頂いた相互記念夢でした。
もみじさん、ありがとうございます〜!!
コーヒーが出てくるシカ夢だなんて、訳の分からないリクにこんなに素敵に応えて下さって…
幸せです〜!!
小道具も脇役陣も、ツボ押さえまくりで、もう萌え萌えしちゃいました。
お読み下さったなまえさま、感想は直接もみじさまへ☆
もみじさま宅には素敵な夢がたくさんございます!!是非そちらもどうぞvv
2008.05.30