30分の幸福

「行ってきます!!」









私の毎朝の日課は…



同じ時間に家を出て



同じ電車に乗って



同じ車両のドア付近に立って



同じ席に座ってる『彼』の姿を眺める事。









ほら今日も、視線は彼に奪われる。



制服のブレザーを軽く着崩して、イヤホンを着けたまま視線は手元の本へ。



ブックカバーがかかってるからよくわからないけど、きっと難しい本なんだろうな…



だって、彼の眉間にはうっすらと皺が寄っている。



思わず緩んでしまった口許を参考書を読む振りをして隠した。



…不自然じゃ…なかったよね?






 ◇ ◇ ◇






「それにしても、あんたもよくやるわよねー」

「ホント」

「なにが?」



お昼休み、いつも一緒に過ごすいのとサクラの口から出たのは、呆れとしか取れない台詞。



「毎朝私達より30分以上も早い電車で来てるでしょ?」

「…まあね」

「ま、一目惚れならしかたないかー」

「一目惚れって…!!別に、そんなんじゃないよ」

「隠さない、隠さない」



バシバシと背中を叩くいのを軽く睨むけれど、全く気にしていない様子。



恋愛話大好き人間のこの二人に話してしまったのは、やっぱり間違いだったかもしれない。



「もう話しかけたりしたの?」

「どこの学校かもわからないし接点も無いのに、話しかけたりなんて出来るはずないじゃない」



彼よりも後から乗って、先に降りてしまう私には、彼がどこから乗ってどこの駅で降りているのかもわからないし、制服も似たようなデザインが多ければ、特定することは難しい。



「とりあえずわかってるのは、此処より先の駅で、ブレザーの学校ってだけなんでしょう?」

「うん。でも、深緑のブレザーにグレーのズホンなんて、何校もあるし…」

「ネクタイの色は?」

「…確か…濃いエンジ色だったと思う」



私の言葉に、二人の顔が険しくなる。



あ〜あ、そんなに眉を潜めちゃって…



二人とも可愛い顔が台なしよ?



「…ねぇ」

「ん〜?」



全く関係ない事を考えていた私に、難しい顔をしたまま口を開いたいの。



「そのブレザーって、左側の二の腕の所に校章が着いてない?」

「あ〜、そう言われればそうかも」



私の立つ位置からは余り見えないから、確実ではないけれど…



「それがどうかしたの?」



何か心当たりでもあるのだろうか…?



「うん、ちょっと情報収集をねー」

「一応、私達も調べてみるわ。他校に進学した友達結構居るし…」



そう言って笑う二人の顔が、何故か楽しそうに見えたのは、気のせいだと思っておこう。



私は小さく息を吐くと、次の授業の準備をするべく生徒手帳を開いた。






 ◇ ◇ ◇






…疲れた…



あのあとの休み時間と放課後、何故かあの二人に『彼』の特徴とかを根掘り葉掘り聞き出されたおかげで、いつもより2時間以上も遅い時間の下校になってしまった。



ああいう時の二人のパワーって本当にすごいと思う。



盛大なため息を零したと同時に、構内アナウンスが電車の到着を告げる。



さすがラッシュ時間。



到着した車両は、どこを見ても人、人、人。



潰される事は確実だなぁ…



30分の辛抱だと、押し寿司状態の車両に乗り込む。



何とかドアぎりぎりの所に乗れたけど…



電車が揺れる度にドアに押し付けられるのは、さすがにちょっと辛いかも…



いつもこんな電車に乗ってるサラリーマンを尊敬するわ。



どうにか次の駅に着けば、今度は降りるお客さん達に押し出される。



「う、わっ!?」

「あぶねっ」



ドアが開いた瞬間、後ろから押された勢いで転びそうになった腕を、誰かが支えてくれた。



「ったく、考えて降りろっつーの。大丈夫か?」

「あ、はい。ありがとう…」



『ございます』と言葉を続けようとした私の視界に入ったのは、深緑のブレザーの袖。









あれ…このブレザーって…









恐る恐る顔を上げれば、私の腕を掴んでいたのは、毎朝見かける『彼』の姿。



「…っ!」

「あんた確かS駅までだろ?危ねぇから、こっち入れよ」

「え、うん…」



突然の事に処理能力の下がった脳では驚くしか出来ず、彼に言われるまま、ドア横の角に入る。









えっと…



何でこうなってるんだっけ…?



満員電車に乗ってて…



降りるお客さんに押されて転びそうになって…



彼が腕を掴んでくれて…



S駅まで危ないからってこの位置に乗せてくれて…









………そういえば



「…何で、私の降りる駅…」



彼は知っていたんだろう?



「あ?あぁ、朝俺が乗ってる車両があんたと同じなんだよ」



だから自然と覚えちまった。



ニッ、と笑う彼の顔に思わず見惚れてしまう。



ああ、こんな顔もするんだ…



覚えてくれていた嬉しさも手伝って、このままだとずっと見続けてしまいそうで下を向いた。



あれ?



心なしか、私の周りの空間に余裕がある…?



さっきまで感じていた圧迫感が不思議な程全くない。



そっと視線を上げて納得する。



圧迫されない筈だ。



私の横には、まるで突っ張り棒の様に伸ばされた彼の左腕があった。



決して楽ではない姿勢の筈なのに、彼の表情は全く変わらない。



「ありがとう…」

「………どーいたしまして」



一瞬キョトンとした彼だけど、私の言いたい事がわかったのか、フッと目許を和ませた。









思いもかけない時間






…ちょっとだけ…






いのとサクラに感謝…かな?









‡END‡
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[悠久の夢路]の舞嘉さまより頂いた、2周年&20000HIT 感謝フリー夢でした。

舞ちゃんの学パロ、すごい好きです…色々広がる妄想はまた別の機会に(笑)
本当にいつもありがとう!!

偶然の30分(シカマルside)に続きます。
2008.12.05 mims
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