無欲男の欲望


俺は生まれてこの方、欲というものに実に不誠実な人生を送っていたらしい。
らしいというのは、俺が幾度と無く他人にそれを指摘されたからである。

人間の三大欲求――つまり、食欲、睡眠欲、性欲の三つなワケだが、俺はその三つの『睡眠欲』だけを欲し、食欲と性欲の非常に薄い人間だ…というのが、そいつらの見解だそうだ。

まぁ確かに。
食うよか寝たい。
のんびりしたい。
それ以外に特に何かを欲した事は、無かった気がする。
いや、強さを欲する事は、頭の片隅にあるが。


いつだったか、両親に「誕生日プレゼントは何がいい?」と聞かれ、俺は至極真面目に「雲見れりゃそれでいい」と答えた事がある。
確かアカデミー時代だった。

中忍になった後、一度といわず数回、キバが俺ん家にやってきた時も。
まぁつまり、エロ本を持って来ていたわけだが。(家では見れないそうだ。母親と姉の目が怖いらしい。因みにその時、赤丸すらも置いて来ていた)
俺は微妙なアングルと服装の女の写真を無理やり見せられて(強調する。俺は別に見たくもなんともねぇ)、「お前こんなすげぇの見ても欲情しねぇのか!?」と詰め寄られた事もある。

はっきりいって、何とも思わねぇ事もないが、どうでも良いというのがその時の感想だ。
ぶっちゃげ、目の前で捲し立てるキバがウザくてめんどくさいと思ったのが一番の感想だった。





そんな、欲の欠片もない人生を送っていた俺が。
女なんてめんどくせぇと本気で思っていたこの俺が。


こんな状況に陥るなど。

過去の俺がいつ、想像出来ただろうか。








【無欲男の欲望】












世間一般で、セックスの回数が週に平均何回だとかそんな事、私は知らない。
今まで特に興味も無かった。

人は人で、自分は自分。

でも、今はそう思えないの。



「ねぇいの、サクラ。世間一般でセックスは週に何回くらいするもの?」

「……何、突然」

「なまえ、そんなにシカマルに毎日ヤらせてんの!?偶にはガツーンと断んなさいよ!!」

「違うわよ。その逆だから聞いてるんじゃないの…」

「え…?」



見事に固まった二人に、私はそうでしょうよと溜息を吐いた。

私は今、とっても悩んでいる事がある。
それは、二ヶ月程前から付き合い始めた彼の事。

初めて身体を重ねたのは、丁度一ヶ月前。
それ以来、彼――シカマルは、私とシようという素振りすら、見せない。

それが、私の悩み。



「一ヶ月、ねぇ…」

「それは、ちょっと長いかも…」



やっぱり。
二人から見ても、一ヶ月は長いらしい。

これが、なかなか会えない二人なら話は別だろうけれど。
生憎、私達は最低でも週に二回は会っている。
それも、シカマルの性格から、場所はいつも互いの部屋のどちらかという密閉空間で。


シカマルは、私に必要以上に触れる事が無くなった。
キスも、殆どしてくれなくなった。
前は会えば私が止めてって言っても止めてくれないくらい沢山してきたのに。



「不安になっちゃったのね」

「不安?」

「シカマルの気持ちが分からなくなっちゃったんでしょう?」



そうか。
だから、他と比べてしまうようになったんだ。

私は二人の言葉に、今まで宙ぶらりんだった気持ちがストンと落ち着くのが分かった。
だからといって、解決に至っていないのだから心は全く晴れないのだけれど。



「けど、なまえがそんな事気にする日がくるとは思わなかったわー」

「そうね。貴女って自分をしっかり持って、他人には絶対流されないって思ってた」



私だって、今までずっとそう思っていたわ。
人は人で、自分は自分。
私は私のペースで生きていれば、それでよかったのに。

恋愛は人を変えるって、本当なのね。
感慨深く呟かれたその一言が、深く心に残った。



「こうなったら、なまえから仕掛けるしかないわね」

「シカマルがなまえの事を好きじゃなくなったなんて可能性は皆無なのは確実なんだから。けど、何考えてるかハッキリさせてやりましょー!」



なまえを不安にさせるなんて、許せないわ!
そう言ってくれる二人に、私は背中を押されて。







私は今、シカマルの家の玄関の前に立っている。

いつもは履かないミニスカートを履いて。
キャミソールに、中が透ける薄い上着を羽織って。


1つ、深呼吸して、チャイムを押す。
こんなに緊張したのは、初めてかもしれない。


出迎えてくれたシカマルが一瞬、目を丸くした事にも気付かないで。
私は、不安で押し潰されそうな心を叱咤して、彼に笑みを向けた。



「おはようシカマル」

「おぅ…」



入れよと
促されるままに、私はシカマルの部屋に入った。








部屋に入って早々、私はシカマルのベッドに腰掛けた。
いつもは座布団に座るのだけど、それじゃ雰囲気出ないもの。

いつもと違う私に、何か言うかなと思ってシカマルを見るけれど、
シカマルは何も言わない。

私から少し離れた場所にある座布団の片方に腰を下ろし、テーブルの上の本を手に取った。

きっと、私が来る前もそこに座って本を読んでいたんだろう。
それは、シカマルの好きな将棋の本だったから。

私達は、一緒に居ても結構それぞれ好きなことをしている事が多い。
でも、いつもと違う私を見ても何も言わないシカマルに、不安な気持ちが膨らんでいく。

将棋の本に目を落としたシカマルは、私を見てくれるわけもなく。
いつものシカマルだから、私の胸は締め付けられる。






ねぇ。
今、何を考えてる?

私たち、付き合ってるのよね?






「シカマル。ちょっといい?」

「あ?」

「話があるの」



話がある、と。
そう言わないと、本から目を離してくれなかったシカマル。
本から目を離しても、私の目を見てくれないシカマル。


どうして、私を見てくれないの?
どうして、私に触れてくれないの?

どうして、どうして。


私は、こんな恥ずかしい格好をしてまでここに来た目的も忘れて

気付けば、視界が歪んで。
世界が、滲んで見えた。






 ◆ ◆ ◆







玄関開けた瞬間、固まった俺に誰も文句は言えない筈だ。

いつも半そでより短い袖の服を着ないなまえが。
いつも膝より上のスカートなんて履かねぇなまえが。

ミニスカートにキャミソールを着て、肌が透けるくらい薄手の白い上着を羽織った姿で立っているのだから。



一瞬、目が眩んだ。



それでも、そんな動揺をなまえに見せるわけにいかない。
俺は直視しないように、彼女を家に上げた。



なんでそんな格好してんだよ。
いつもはそんな格好してこねぇくせに。

俺は、嬉しい気持ちを押し流してしまうほどの怒りを感じた。


俺が見る分には全然かまわねぇ。
でも、それを誰かに見られたかと思うと、言いようの無い怒りが溢れる。

特定の誰かを指してるわけじゃない。
“俺以外”なら誰であっても許せねぇ。


ともすればなまえを罵倒してしまいそうな激情を、俺は彼女を見ない事で抑える。




ずっと、そうだ。

なまえの事を欲しすぎて、頭がおかしくなりそうだった。
少しでも触れたらそのまま無理矢理事に及んでしまいそうなくらいに。


たかが身体を1回重ねただけの事。
されど、隙間なくなまえと溶け合った事。

一度、なまえの全てを手にした事。

それは、俺の中でとても大きな変革だったらしい。



他の奴らと笑ってる事にすら、怒りを覚えた。
なまえが笑うのも泣くのも喜ぶのも悲しむのも、全部俺が理由であればいい。
そんな阿呆みたいな事ですら、本気で思ってしまえるほどに。


この狂気じみた独占欲が、俺を支配する事を恐れた。
この狂気は、危険だと、他人より優秀らしい脳味噌が警報を鳴らし続けている。

もし、一度でも染まってしまえば、俺となまえの間にある関係を失くす事になるだろう。


場所も状況も立場も何も考えず、なまえの唇を奪い「こいつは俺のものだ」と叫びたくなる衝動を、何度握った拳に抑え込んだだろうか。

何度、夢の中でなまえを酷く犯しただろうか。

誰にも見付からない奈良家所有地の奥地に監禁して、俺以外の誰の目にも触れないようにしてやりたい。
なまえに触れたやつを片っ端から殺してやりてぇ。

いっそ、彼女自身を俺の手で殺してやろうか。



狂ってる。
冷静な俺が数歩離れた場所で、激情に揺れる俺を見ている。

狂ってると、分かっている。
だからこそ、それを必死に抑える。



それが、なまえを不安にさせると気付かずに。






「なまえ?」

「…んで…ッ」

「おい、何泣いてんだよ…ッ」



大事な話がある、と深刻な声で告げたなまえに、俺は全く頭に入ってこねぇ将棋の本から目を離した。
どうしても彼女を直視するなんてこと出来なくて窓の外に目を向ける。

けれども、なまえが泣き出した事に気付いたのは、早かった。



ぎゅっと膝の上で握った拳が震えている。
俺はそれまでの躊躇をすっかり忘れて、なまえの座るベッドに腰掛け顔を覗き込んだ。

――と思った瞬間、世界が反転した。




ぼす、とも
どさ、ともいえない音が背中で聞こえて。
それから、頭には柔らかい感触。
頭のテッペンで結んだ髪が、首に鈍い負荷を与えて。

俺は、なまえによってベッドに押し倒されていた。



「なまえ…?」

「なんで…」



ポタリ、ポタリと、透明な雫が2滴。
俺の頬と口元に落ちてきた。

服の首元を握ってる手は、相変わらず震えていて。
ちょっと苦しいなんて頭の片隅で思って。
でも、目の前で辛い顔して涙を流すなまえに、声どころか指先一本すら動かなくて。
脳味噌も働かなくて。

ただ、唇に落ちた雫が甘いと、それだけを感じた。



「シカマルが何考えてるのか、分からない!どうして私を見てくれないの!?どうして私に触れてくれないの!?どうして、キス、してくれないの…ッ!?」



どうして、どうしてと。
立て続けに叫ぶなまえに、俺は答えを返せない。

なまえに、口を塞がれたからだ。



「ん…ッ、ふ……」



乱暴な口付け。
ぼんやりとした視界に、必死に俺の唇に吸い付くなまえと、白い天井が見えた。
ぎゅっと瞑られた目元は、涙で赤くなって痛々しい。

今日は、本当に驚かされてばかりで。
いつもはしない服装に、いつもはしない行動。

そういえば、泣き顔を見るのも初めてだと思う頃、漸く俺の脳味噌は働き出した。



俺の行動が、なまえを不安にさせていた。
俺はそれに気付かなかった。

いや、本当は気付いていた。

でも、それでも。
お前を壊すわけにはいかねぇだろう…?

そう自分に言い聞かせて、気付かないフリしてたんだ。
そっちの方が、楽だから。


俺は、俺の欲望をぶつけられたなまえが、俺から離れていくのが怖かったんだ。



でも、こんな辛い涙を流させるのは、俺の本意じゃねぇんだよ。



俺は、キスを止めて首筋に吸い付いてきたなまえの両手首を掴むと一気に位置を逆転させて、彼女をベッドに縫い付けた。

驚きに目を見開くなまえを一瞥する間もなく、その赤く熟れた唇に吸い付く。

舌を絡めて、吸い上げて。
時折隙間から漏れる甘い呼気に煽られ、思考も奪い取るくらいの、深い激しい口付けを。


酸素不足の限界まで続け、荒い息をするなまえの、すっかり止まってしまった涙の後を舌でなぞって。

とろりと蕩けた赤い目に、懺悔のキスを落として。



「ぁ…しかま…」

「余裕なんて、これっぽっちもねぇかんな…ッ」



すっかり理性のリミッターを壊してくれたなまえの、いつもより露出度の高い服の下に手を忍び込ませた。





 ◆ ◆ ◆






「シカマルって、意外とバカだったのね」

「んだと?」



事が全て終わって。
何も身に着けていないままシーツに包まって。

シカマルがぽつりぽつりと語ってくれた本音を聞いた私は、真っ先にそう口にした。
思わず零れてしまった、といっても過言ではない。

馬鹿にされたシカマルは反論しようとしたけれど、私はそれを許さなかった。



「バカよ。どうしてそれを“いけない事”だと決め付けるの?」



言葉に軽く怒りを込めてそう言った。
シカマルはその科白の真意が分からないのか、眉をひそめるばかり。



「分かった。シカマルって、めんどくさがりのクセに真面目なのね」

「だから、何が言いてぇん…」

「どうして、私もシカマルと同じくらい、シカマルが欲しいって事が、分からないの?」



分からないから、こんな事になっちゃったのよね。
そう、ちょっと溜息混じりに呟いて。

目を見開いたシカマルに、私の言いたい事が伝わったのだと気付いて、怒りを消す。

本当は怒ってなんかいないから。


さっきと違って心臓は落ち着いてる。
多少の恥はあっても、安心して言葉を綴っている。

それは、シカマルが私の事を嫌いに思っていたわけじゃないと、分かったから。
前と変わらず…ううん。前よりもっと、シカマルが私の事を想ってくれていると分かったから。



「私、シカマルに触れて貰えないのは嫌。シカマルが触れてくれなきゃ、私、シカマルの気持ちが全然分からないもの」



本人が自覚してるのか、私には分からないけれど。

シカマルは、私に“好き”って言ってくれない。
口下手な彼は、想いを口にする事は殆ど無い。

けれど、その分態度で示してくれる事を、自覚しているのかしら。

優しい口付けは、彼の寵愛を。
激しい口付けは、彼の欲望を。
触れる手は、独占欲を。
黒曜石の瞳は、心の熱を。

真っ直ぐに、私に伝わる。
だから、私はシカマルに言葉を求めない。

此方が恥ずかしいくらいに真っ直ぐに、私はシカマルに想われてると感じることが出来ていたから。



「けど、俺は触れる事でなまえを壊しちまうかもしれない」

「壊れないわ。私、そんなに弱くない」



私のシカマルを好きって気持ちは、そんなに軽くないもの。
シカマルに想われてる、それだけでこんなに強くなれるもの。

こんなにハッキリと、気持ちが伝えられるくらいに。

そう、真っ直ぐにシカマルの目を見て断言した私は、彼に突然抱き締められた。
今まで触れてなかった分を埋めるように。

キツくキツく、抱き締められた。



「お前、かっけぇな」

「ありがとう。今日のシカマルはちょっとかっこ悪かったかな」

「そーだな。かっこ悪ぃな」



シカマルの本意を知るまでかっこ悪かった自分を棚に上げて。
悔しいから、シカマルには教えてあげない。

けど。



「でも、そんなシカマルも好きよ」



貴方が好きだって事は、隠さないから。
隠す事なんて、出来ないから。


好きよ。

だから、私に触れて?










それから遠慮をしなくなったシカマルに、私が『もうムリ!』と懇願する毎日がやってくるのは

そう、遠くない事。








*END*







後書(と書いて懺悔と読む)


色々ごめんなさい(真っ先に謝ります)

相互記念なのにこんなに遅くなってごめんなさい!
『余裕のあるふりして実は内心イッパイイッパイだ!』ってリクにも微妙に応えれてなくてごめんなさい!
シカマルを狂愛者にしてしまってごめんなさい!

こんなに強く想われて、それが嬉しいと思えるような恋愛っていいなと思いました(結局私の趣味ですごめんなさい)

私のバージンリク夢でした!
良かったらみむ姉、貰って下さい!

勿論、「書きなおせやあッ!!」は年中無休で受け付けます!
みむ姉のみお持ち帰りOKとします!


ここまで読んで下さったなまえ様、ありがとうございました!

ご意見、ご感想はBoardかMailにお願いします。


2008/08/11
gurico 拝

[P*L REPLICA]のguricoさまより頂いた相互記念夢でした。

ぐりこちゃん、どうしよう(>_<。)
シカマルとぐりこちゃんの文章に殺られまくって、大変だよ!!!

読み始めてすぐから、あ。この文章すっごく好き!!って胸がドキドキしちゃって…
読み終わる頃には心臓止まりそうになったよ。

奥の深い世界観も、むず痒くなりそうなもどかしさも、シカマルの描き方も、ヒロインのキャラクターも、何もかもがツボ直撃でした!!

本当に、本当に、素敵な夢をありがとう!!
うっ、私もまだぐりこちゃんへの捧夢仕上がってない…こんな極上のシカ夢を見せられたら、頭が無意識で引き摺られちゃう〜!!

えーっと、同じく『余裕のあるふりして実は内心イッパイイッパイだ!』というちょっとS寄りシカの夢、もう少しお時間下さいっ!!
さんざんお待たせしているのに、この後に及んでごめんね…
ぐりこちゃんの夢を読んで、更にプレッシャーに押しつぶされそうになっているみむすでした(笑)

お読み下さったなまえさま、本当にありがとうございます。
ご感想は[P*L REPLICA]のguricoさまへ直接どうぞ!!
2008.08.11
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