Love Letter

「いらっしゃいま…ああ、貴女でしたか。いらっしゃいませ」


ニコリと笑む店員。
彼の名は『奈良シカマル』


私が初めて友達に連れて来てもらってから、2ヶ月。
私はこの小さなバーの雰囲気と、何より彼が好きになって、
度々足を運ぶようになった。

最早、このバーは私の行きつけになっている。





【Love Letter】








「いつもの席、あいてますよ」


営業スマイルで私を優雅にエスコートしてくれる彼は、まだ学生のクセにとても落ち着いて大人びていて。
カウンターに着いたタイミングでオーダーを聞いてくるのは、私がいつも最初に頼むものを知ってるから。


「今日もいつもの?…一つ、俺のお勧めがあるんですが」

「じゃあ、それをお願いするわ」


分かりました。
そう言って、彼はカウンターの内側に入っていった。

いつもなら、カウンター越しにマスターにオーダーを告げるのに、
今日はどうしたのかしら?

カウンターに入っていく彼を目で追っていると、視線に気付いたのだろう。
彼が此方を見て、笑んだ。

それは、「まぁ見ててくださいよ」と、何かを仕掛けようとしてる策士みたいな笑みで
私は、いつも営業スマイルを崩さない彼が時折見せるそれに、嬉しくなって笑みを返す。

まるで、私が彼にとってちょっと特別な位置にいるみたいで。


狭い店内で、カウンターの入り口から一番遠い席に座る私の傍に彼が来るまでは、そう時間も掛からない。
私の目の前に現れた彼の両手には、酒瓶。


「もしかして、奈良君が作ってくれるの?」

「はい。俺が…不安ですか?」

「ううん。ただ初めて見るからびっくりしちゃった」

「ええまぁ…漸くマスターからお許しを貰ったんです」

「本当に?おめでとう!」

「ありがとうございます」


心からの祝辞を、彼は作業の手を止めないままに受け取った。
薄暗い店内でも、その端正な顔に笑みを浮かべている事が分かって、私も嬉しい気持ちになる。

端正な顔。
肩に届くくらいの長い黒髪を、前髪と横髪だけ後ろで無造作に纏めて、その綺麗な顔を惜しげもなく晒している。
幾筋か顔に垂れた前髪が、色気をさらに引き出していて。

学生というからにはまだ二十歳そこそこだろうに、会社で見る新入社員よりもずっと落ち着きがあって、
こんな人と一緒に仕事をすればとても頼りになるのだろうなと思わせる雰囲気を漂わせている。


グラスを運んでくれる長くて細い指に、端正な顔に、初めてこの店を訪れたその日に、見惚れた。

それ以来、週に一度は訪れるようになって、
彼とも、そこそこ話すようになった。


少しの会話から、彼の頭の良さを感じた。
退屈しないトークと、深い知識。
特に、まだこの店でバイトを始めて半年だというのに、お酒に関する知識は目を見張るものがある。

話せば話すほど、彼に惹かれていく自分を感じた。

マスターも、彼は有望だと私に耳打ちしてくれた。
きっとマスターにそう思われていることを、彼自身は知る良しもないのだろうけれど。


「ねぇ、奈良君は将来バーテンダーの資格を取るの?」

「あぁ…いえ、特に決めてませんが…」

「頭良いものね。きっと何でも出来るわ」

「そうですかね?まぁ…貴女にそう言って貰えるのは嬉しいですよ」


出来ました。

そう言って出してくれたのは、初めて見るカクテル。
ちょっと口の広いタンブラーに入ったフラッペ。
そっとグラスを近づけると、ふわりと香る甘い馨り。


「これは、桃?」

「はい。新鮮な桃の果実がほぼ一個分、入ってます」

「贅沢ね。季節にピッタリ。新メニュー?」

「ええ、新メニューです。…貴女の感想を是非聞きたいと思いまして」

「頂きます」


飾られたミントに気をつけながら、軽く混ぜてみる。
マドラーかと思えば、それは細身のフォークだった。中の果実を食べる為のものだろうと分かる。
桃だけでなく、オレンジも少し入っているようだ。

私の行動をつぶさに見つめる双眸を意識して、動きがぎこちなくなって居ないかと気にして。
シャラシャラと、細かい氷がぶつかる音が、落ち着かない自分の心みたい。


ちょっとだけ口をつけると、強いアルコールの匂いが鼻腔いっぱいに広がった。
予想に反したキツめのアルコールに、喉が熱くなる。

その感覚がとても好きだと、彼は知っていたのかしら。

喉を通り過ぎた後、鼻腔に残る桃の香りに、幸せな気持ちになった。




「美味しいわ。桃の果実を使ってるだけあって、桃の香りが強いアルコールの辛さを和らげてくれる…桃ジュースじゃこの感覚は味わえないわね」

「よかった。ちょっとキツめのアルコールだから心配だったのですが…女性にしてはキツめの物を飲まれる貴女ならと思いまして」

「もうすっかり私の好みがバレてるみたいね」


クスリと笑みを向ける。
歓びに踊った心が見えないようにと、心の奥で願いながら。

ただの常連客の私が、彼の中の片隅にでも居れた歓びに。

期待してしまいそうな心を諌める為に、もう一口飲んですっきりしようと思いグラスを傾けると、「あ、」と止められた。


「もう1つ、飲み方があるんです」

「え?」

「フォークを使って桃を食べてみて下さい。本来はそっちをお勧めしたかったんです」


私は言われるままに桃を掬った。
一口大にカットされた桃が乗ったスプーンをそのまま口に含んだ。


「――ッ!」

「如何ですか?」


口に含んだ桃の果実は、舌の上でとろけるほど柔らかく熟していて。
舌で潰せば、じゅわり…桃の果汁と、それに染み込んだアルコールが口いっぱいに広がって。


「美味しいッ」


もう、その一言しかない。
桃に染み込んだアルコールは、そのまま飲めば強いだけのものが果汁に割られて程好い強さになっていて。

これは、女性に人気が出そうなカクテルだと、一瞬で確信する。


「とっても気に入ったわ!今度から、これを一番に出して欲しいくらいよ」

「そうですか。それは良かった」


ふわりと、彼が笑んだ。
それは、今まで見た事のないものだった。

優しい…まるで口の中で溶けた桃みたいに、柔らかい笑み。
トクンと、心臓が高鳴るのを感じた。


「こ、このカクテルは…もうメニューには載ってるの?」


手元のメニューに手を伸ばす。
これ以上彼を見ていたら、私の想いが彼に伝わってしまいそうで。

でも、それは失敗に終わった。


「なまえ」

「え…?」


笑んだ口のままに紡がれた単語は、私の名前。

何故、彼が私の名前を知っているのか。
何故、このタイミングでそれを呼ぶのか。

私はそんな事も疑問に思う事無く、ただ彼の声が、唇が、私の名前を綴った事に驚きと歓びが渦巻いていて。

ただただ、彼の黒曜石のような瞳を見つめるだけで。


「そのカクテルの名前。それ、俺が作ったオリジナルなんだぜ」

「奈良君、が…」

「そ。イメージは貴女…その白い肌に、アルコールで赤くなった頬が桃みてぇだなって思ってよ」


突然乱暴な言葉遣いになった事も、気にならない。
寧ろ、その言葉遣いは私に違和感を与えさせなかった。

照れているのか。
乱暴な言葉遣いは、照れ隠しのようにも見えて。

でも、それを指摘するほどの余裕は、私にはこれっぽっちも無かった。


彼が初めて作ったというカクテル。
それは、私をイメージしたもので。

そう告げる彼は、照れていて。

その上
「ずっと見てた」、と
少し掠れた声で告げられてしまえば。



期待、しても、いいの?



「なぁ、なまえ」

「は、い…」

「俺、なまえ専属のバーテンダーになりてぇんだけど…?」


その、酒飲んだ後より赤い顔は、俺の良い様にとっていいんだよな?


その言葉に、私は頷く以外の返事を持ち合わせては居なかった。







*Happy enD*






[P*L REPLICA]のguricoさまより頂いてきた、壱萬打記念夢でした!!
おめでとうございます〜、これからもぐんぐんカウンターが回るんだろうなぁと思いますっ!!
いつも応援してますよ♪

あ―――もう、ぐりこちゃんにはやられっ放しだよぅ(>_<。)
ぐりこちゃんの描くシカマル、好きすぎる――!!

というか、バーテンっていう設定がまず萌え萌え。
で、さらに以前の日記のイラスト見ちゃってたから、実はずーっとどきどきしながら待ってたんだよ〜vv
バーテン鹿に会えて、本当にホントに嬉しいですっ。
見て直ぐに拉致りたくって堪らなくなっちゃった。
素敵な夢、ありがとね!!

これからも無理せずに、知性派な萌えを昇華してくださいね。
心から応援してます!!
2008.08.11
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