手を繋いで
「なまえせんせー、さよーならー」
「はい、さようならー。気をつけて帰るのよー」
はーい、と元気な返事を返す子供達の姿を見送る。
空を見ると見事な夕焼け。
陽が落ちる時間も日に日に早まり、上方の空はもうすでに紺色に染まっていた。
大きく深呼吸をして、すこしひんやりとした空気を思い切り吸い込む。
さっさと残りの仕事を片付けよう、と小さく呟いたとき、木の影に人影を見つけた。
「シカマル」
その名を呼ぶと、影は小さく手を上げた。
「仕事はもう終わったの?」
「ああ」
「お疲れ様」
歩み寄りながら声をかけると、シカマルはおう、と言いながら少し目を細めて微笑んだ。
「お前、まだ仕事あんの?」
「うん、あとちょっと・・・でもそんなにかからないと思う」
折角彼が来てくれたんだし、せめて一緒に帰ろうと思ってそう言うと、シカマルもどこかほっとしたような顔をした。
「じゃ、片付けてこいよ。俺、待ってっから」
「シカマルが手伝ってくれてもいいんだけどー」
「バーカ」
笑いながら、早く行って来いと手で仕草するシカマルに、私も笑ってアカデミーへ走った。
秋は何かと忙しい。
アカデミーでの行事も多いし、暮れへ向けて片付けておくべき仕事も山のようにある。
「そろそろテストもやらなくちゃだしなー」
可愛い教え子達の顔を思い浮かべたが、次の瞬間シカマルが待っていたんだと、急いで止まっていた手を動かし始めた。
頭はフル回転で仕事をこなしていても、心のどこかにシカマルが居て。
その部分がとても温かく感じて、自然と口元が綻んでしまった。
「お待たせ」
「おう」
お疲れさん、と言って口元だけで微笑むシカマル。
私より少し年下の彼。
中忍でアカデミーの一教師でしかない自分と、将来有望な――火影候補にもなり得るとの噂もあるほどの――彼。
どう見ても釣り合っていないし、出会いそうもない私達だけど、数年前中忍選抜試験の手伝いをした時にたまたま知り合った。
彼の噂は聞いていたけれど、それと寸分違わぬ、いや、それ以上の彼の能力に驚き、素直に尊敬した。
そんな私を、何故か彼も気にかけてくれて・・・
何度か仕事を一緒にやったりするうちに、気づけば、こういう仲になっていた。
「先生ってのは、マジで大変なのな」
俺にはぜってぇできねー、と少し溜息混じりに呟くシカマルに苦笑する。
「私はシカマルの仕事のほうがよっぽど大変に思うけど」
彼の激務は、私が身を持って知っている。
「確かに忙しいのは同じだけど・・・なまえの場合は人を育てる仕事だからな」
責任重大じゃねーか、と、ちらりと私を見る。
「ま、適材適所、ってところでしょ」
「・・・ん、そうだな」
私がにこりと笑うと、彼も、ふっと目を細めて笑った。
彼の、このゆるりとした優しい表情が大好きで。
ふわりと先ほど感じた温もりをまた感じて、ひどく満ち足りた優しい気持ちになった。
「な、今日は外で夕飯食わねぇ?」
「いいけど・・・珍しいね」
シカマルは家でゆっくり過ごすのを好む。
夕ご飯も品数が少なかろうが、二人でゆったり食べるのが好きだ。
だから今までも、彼からの外食の誘いは滅多に無かった。
「私、作れるよ?」
もしかして気を遣ってくれているのかと思って、そっと言ってみると苦笑された。
「大丈夫だよ。今日は、その・・・な」
珍しく歯切れの悪いその物言いに、私は首を傾げるばかりだった。
「・・・変なの」
「るせー。俺だってたまにはそういう日もあるんだよ」
くすくすと二人で笑いながら、そっと握られたシカマルの手に引かれて、街の方へと歩いていった。
ちょっと温かいシカマルの手が、嬉しかった。
「お店、どこにしようか?」
手を繋ぎ、ゆっくりと歩きながらシカマルの顔を見上げると、ああ、とちらりと目だけをこちらに向けられた。
「俺の行きたい所もで構わねぇか?」
「うん。じゃぁお任せしちゃうね」
ありがと、と微笑むと、彼の横顔がほんの少しだけ赤く染まったように見えた。
「あっ、せんせー!なまえせんせー!」
「えっ」
どこからか自分の名前を大声で呼ばれて、何事かと周りを見回す。
「あ、あそこ・・・」
シカマルが後ろを指差し、その方向を見るとアカデミーの生徒がぶんぶんと手を振っていた。
こんな時間に一人で、と思っていたら後ろから慌てたようにお母さんとお父さんが駆けてきた。
「急に走り出したら危ないでしょ」
「ごめんなさーい」
お母さんに怒られながら、こっちへ向かってくる。
ほほえましくて、思わず頬が緩む。
「なまえ先生、こんばんは」
「こんばんは。今日はご両親とお出かけなの?」
後ろに居る両親へ会釈しながら聞くと、彼女は嬉しそうにえへへ、と笑った。
「うん、今日はお外でご飯食べるんだ!」
「良かったわね。美味しいもの、沢山食べてきてね」
「うんっ!」
じゃーねー、とまたぶんぶんと手を振りながら母親と手を繋いで行ってしまった。
彼女のほっぺたは、幸せそうに真っ赤に染まっていて。
手を引くお母さんも、傍で見守るお父さんも、包み込むような優しい瞳で彼女を見つめていた。
その家族の周りが、とても眩しく見えて仕方なかった。
「・・・嵐のようだったな」
少し後ろで様子を見ていたシカマルが、いささか驚いたように呟いたのを見て、噴出してしまった。
「元気でしょ?アカデミーの子、みんなあんな感じよ」
「ふーん」
「夜でもあんなに元気だとは思わなかったけど」
彼女の姿を思い出して笑うと、シカマルも目を細めて家族の去った方を眺めた。
「さ、着いたぞ」
シカマルとやって来たのは、若い子に人気のあるこ洒落たお店。
「・・・でも、ここって・・・お夕飯なんて食べれるの?」
お茶屋さんだから店の営業時間はとっくに終わっている筈。にも関わらず電気はついているけれど・・・
「心配すんなって」
そんな私ににやりと笑って、店の扉を開けて手を差し伸べてくれるシカマル。
「う、うん・・・」
いつもそうだけれど、彼の人となりが自然とそうさせる優しい仕草にどきどきさせられる。
ありがとう、とその手を取って店に足を踏み入れた。
店に入ると窓際の席へ通される。
シカマルは何やら店員と一言二言話をしてから、席についた。
周りを見ても、お客さんは私達だけ。
おかしいなぁ・・・
「なまえ。飲み物何にする?」
ここ甘い酒もあるぞ、とメニューを開いて渡してくれる。
「あ、そうなんだ。じゃぁ・・・このお酒にしようかな」
「ああ。・・・すんません、飲み物・・・」
さらっと注文を頼むシカマル。
あ、やっぱり・・・格好いいなぁ・・・
頬が熱くなるのを感じ、気を紛らわすように窓の外を眺めた。
―――と。
なんだか、この風景に見覚えがある気がして。
「・・・・・・」
必死に記憶を辿ってみる。
そう、目の前にはこうやってシカマルが居て。
右手には大きな窓があって・・・
「・・・あ・・・」
驚いて目の前のシカマルを見ると、頬杖をついて私の顔を嬉しそうに見るふんわりとした瞳と目が合った。
「シカマル、ここって」
「気付いたか?」
目を細めるシカマルに、心臓が高鳴る。
「気付くも何も・・・ここって」
私達が初めてのデートで入ったお店じゃない・・・
『俺、気の利いた店なんて知らなくて』
すんません、と頭を掻きながらきまりの悪そうな顔をする彼に、私も同じだからと笑って。
二人でとにかく歩いて見つけたのがこのお店だった。
午後の一番混んでいる時間だったけれど、丁度良く窓際の席が空いて、良かったねなんて言いながら店に入ったっけ。
『すんません、歩き疲れちゃったんじゃないスか』
『ううん。いい散歩になって、気持ち良かったわ』
最近めっきり運動不足だったしね、と笑う私に、どこかホッとしたように目を細める彼の顔を今でも覚えている。
それは、仕事のできる奈良シカマル、という顔ではなくって。
ごく普通の男の子の表情に、とくん、と僅かな疼きが生まれた。
「前に来た時はお昼だったから、全然分からなかった・・・!」
驚いて言うと、まぁな、とシカマルは少し目元を赤く染めて視線を逸らした。
「・・・因みに、もう一つ思い出して欲しい事があるんだけどよ」
「えっ」
照れくさそうに視線を外したままのシカマルの顔を見つめて、必死に思い出そうとする。
テーブルにはいつの間にか飲み物が用意されていて、しゅわしゅわとした炭酸の音だけが静かに響いている。
「・・・マジで思いだせねぇ?」
「・・・ご、ごめんなさい・・・」
しゅんとして謝ると、ぷっとシカマルが吹き出した。
「普通、女ってこういうのこだわるんじゃねぇの?」
「こだわるって・・・・・・あ」
きっと、私の顔はみるみるうちに赤く染まっているに違いない。
どうしよう、嬉しくて目も潤んできちゃってる。
ひどい顔、しちゃってるだろうな・・・
「俺達が付き合って、一年」
ゆるりと静かに笑って、グラスを持ち上げるシカマル。
「シカマル・・・」
くしゃくしゃで、今にも泣きそうな笑顔をして私もグラスを持つ。
「ありがとう」
かちん、と小さく鳴らしたグラスの音で、ぽろりと涙が一粒転げた。
―――将来はあんな家族を作りてぇもんだな・・・
顔を真っ赤にしながらそんな事を言うシカマルに、私も一番の笑顔で応えた。
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『mon amour,nara』のmimsさまへ捧げます。
サイト一周年おめでとうございます!
拙いですが想いだけは詰まっていますのでv
これからもどうぞよろしくお願いします。
2008.11.02
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センニチコウ]みゅうさまから頂いた、1周年祝い夢でした。
いろいろあって、ほんの少しだけささくれ立っていた心に、じんわりと染みたよ…みゅうちゃん、たっぷりの愛情を本当にありがとう!!
これからの1年も、どうぞよろしくお願いします。
2008.11.02 mims